「……誰だ?」

女は答えない。

「政府の手先か!」

女はゆっくりと口を開いた。

「お前を、排除する」

男は相手を視認した事で緊張が緩んだ。そして同時に笑い出した。

「お前のような脆弱(ぜいじゃく)な、しかも女に何が出来る!」

女に銃を向けようとして、初めて男は気付いた。銃が無い。女を見ると、その手に先程まで自分の手にあった銃が、銃口部を細い指に絡まれて握られていた。そして女は不要な物を捨てるかのように、部屋の隅に銃を放った。

金属が床を叩く音が連続した。

俺から一瞬で武器を奪った? 奪われた感覚は無かったが……? 先程の黒い影の正体はこの女?

その時男の脳裏に、組織内で噂になっている情報が浮かんだ。仲間が次々と死んでいるという噂。しかし死人には外傷も何も無く、死因が(わか)らないという。

「まさかお前か? 最近、我が組織の仲間を殺っているという奴は……」

女は微動だにしない。

男は胸のホルダーから拳銃を抜き、女に向かって撃った。

女は横にスライドし、弾を(かわ)した。

男は銃を連射するが、そのことごとくを女は躱す。

まるで男が引き金を引くタイミングを、その思考を読んでいるように。

弾を躱しながら、女は男に近づいて来る。

そして不意に男の視界から女の姿が消えた。

その瞬間、男の手に衝撃が走り、銃ははじき飛んで宙を舞った。

女の姿を探すと、背後に静かに立っていた。

驚異的な(はや)さに驚愕(きょうがく)して一瞬遅れたが、男は振り返っだ。

「武器が無くとも、お前ぐらい素手で殺れる!」

男は叫びながら女に突進した。女が(たと)え銃を持っていても使わないという確信があった。何か別の、特別な武器を持っているはずだ。他の奴等をそれで殺ったのなら、それを俺に使う。こちらから仕掛けて、その正体を探るしかない。

女は身を(ひるがえ)す。男の身体は空を切った。

すぐに男は反転し敵に向かい突進したが、女を捕らえる事が出来ない。何故か自分の身体が重く感じた。

「ガハッ!」

その時、少年が息を吹き返した。

「ウマル!」

部屋の外で様子をうかがっていた少女が思わず声を上げた。

男は機会を見逃さなかった。方向転換して少女の方へ走る。

怪我をしている少女はあっさりと男に捉えられた。男はそのまま首に腕を巻き付け、少女を盾にした。少女の足が浮き、苦痛に顔を歪める。

「動くなよ? こいつの首を折るぞ!」

女は下を向き、(うつむ)いた。

男はニヤリと笑い、そして瞬時に顔を(こわ)()らせた。

女の雰囲気が変わった。

そして男は見た。

女の背後に黒い影が立ち上るのを。

男は女の背後に、大鎌を構える人型の黒い陽炎(かげろう)が揺らめくのを、確かに見た。

それが自分を見つめている。

身体が恐怖に囚われるのが判る。

「お前まさか……」

男の脳裏にその言葉が浮かんだ。額を汗が滴り落ちる。

そしてこの女が銃を使わないその訳も――。

「貴様まさかあの『死神』か!」

そう叫んだ瞬間、女の姿は眼前にあった。

男は額を軽く撫でられた。

ゆっくりと、下へ。

瞬時に恍惚感が全身を包み、女の動作を拒めず身体が硬直する。

女の(てのひら)が通り過ぎると男の(まなこ)は白く変わっていた。そのまま男の身体は沈み、床に横たわっていった。

男はピクリとも動かず、息絶えた。

※本記事は、2021年8月刊行の書籍『スキル』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。