【前回の記事を読む】実は多くの命の恩人!影のヒーロー、汲み取り作業員の功績

トイレを水洗化しない理由は…

トイレを水洗化できない理由で一番多いのは経済的理由だ。持ち家の場合もあるが、特に借家住まいの場合は、築四、五十年の老朽化した家屋が多い。大家としては、いつまでもつか分からない古い借家で、しかも安い家賃しか取れないのに、多額の費用をかけてトイレを改修する気にはとてもなれない。ましてやエアコンを設置することなど論外だった。

数軒の借家を一か所にまとめて持っている大家のなかには、早く借家から全世帯立ち退いてもらって、マンションやアパートに建て替えたいと考える人も多かった。そのなかの一部の大家は、借地借家法で定められた建物を賃借人の使用及び収益に必要な修繕をする義務(六〇六条)を履行せず、借家が朽ち果てて、借主が自ら出ていくのを待っている者もいた。

当然生活に苦しい店子(たなこ)に修繕費用を出す余裕などない。それは賃貸借契約の解約を大家自ら申し入れて、多額の立ち退き料を要求されるのが嫌だったからだ。そのうえ、法律違反にならないように契約更新のとき、借家契約のなかに賃貸人が修繕義務を負担しない旨の特約をこっそりと追加する者までいた。なかには親子二代にわたって住み続け築き上げてきた大家との麗しい人間関係が、大家が世代交代した途端に険悪になったところもあった。

家が古くなると、トイレの便槽や鉄製のマンホールの蓋、それを支える周りのコンクリートが劣化し、破損箇所ができてくる。梅雨の時期などは、マンホールの蓋の隙間やひび割れなどあちこちの破損箇所から、雨が降る度に雨水が便槽に流れ込み溢れ出す。店子はその度に自治体に汲み取りの依頼をし、一回数千円の汲み取り代の支払いをしなければならなくなるので、生活は益々苦しくなった。