舞子も苦笑いした。しかし、軽症の人ばかり救急車を使っていたら、救急車が出払ってしまって、本当に命の危機に瀕している人が使えなくなってしまう。その日は、午前中四件、何とか昼食の弁当を掻き込み、午後はさらに五件も出場した。繁華街を管轄する消防署の救急隊は忙しい。

午後八時。事務的なデータ入力作業や資器材の整備も、ずいぶん溜まってしまった。しかし、二十四時間勤務はまだ半分が過ぎたばかりだ。とりあえず、食事当番が作ってくれた夕飯をいただいてから、事務処理を片付けよう。舞子は消防署内の食堂に向かった。

食堂では、先に菅平と岩原が夕食のカレーを食べ始めていた。この時間に食事をしているのは救急隊だけだ。たいていの署員は夕方六時前に夕食を食べている。市民が夕飯の支度をする時間に火災が多かったことから、昔からの慣習で早めの夕食をとっているのだ。舞子が食堂でカレーをご飯にかけたと同時に、予告指令が流れた。

『ピー、ピー、ピー、救急出場……』

「勘弁してよー。もう十件目」

体力自慢の岩原も、さすがにボヤキながら地図を抱えて運転席に乗り込む。

「お疲れさん。行ってらっしゃーい」

受付勤務の署員が車庫のシャッターをガラガラと開け、通行人を止める。結局、次に署に帰ってきたのは深夜〇時だった。異動初日、まだみんなに挨拶もしていない。ロッカーの荷物整理もしていない。食堂の隅に救急隊三人分の食べかけの夕食が、ラップをかけられて置いてある。鍋に入った味噌汁から湯気が出ている。無線交信を聴いていた誰かが、救急隊が戻ってくることに気付いて温めておいてくれたのだろう。交替まで、あと八時間。何も起こらないわけがない……。

消防の任務は、消防組織法という法律で「国民の生命、身体及び財産を火災から保護するとともに、水火災又は地震等の災害を防除し、及びこれらの災害による被害を軽減するほか、災害等による傷病者の搬送を適切に行うこと」と定められています。全国では六万人以上の救急隊員が、年間六百万件を超える救急要請に対応しています。しかし、そのうち約五割は、医師の診断の結果、入院を要しない「軽症」の傷病者なのです。そして、明らかに軽症であるにもかかわらず救急要請をする人も多いことから、近年は救急車の適正利用を促すため、救急車を呼ぶかどうか迷ったら相談できるシステムなどを各地で取り入れています。

※本記事は、2021年10月刊行の書籍『東京スターオブライフ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。