もう初夏。というより、夏。人工芝の保土ヶ谷グラウンドには高校ラガーがあふれている。四校ずつのリーグに振り分けられたティームが、それぞれ三試合のセブンズマッチを行う。大磯東は第三試合で横浜の望洋高、第六試合では横須賀の夏島高、第九試合で伊勢原の愛甲高と対戦するのだが、七人制はハーフタイムなしの前後半それぞれ七分なので、一試合は十五分ほどで終わる。

けれども、人数は半分になってもグラウンドは同じ大きさだから、ダッシュする距離も、一人一人がケアする面積も格段に大きい。新三年になった足立くん、今福くん、風間くんの三人はできるだけフル出場とし、フォワードは基と保谷くんの采配で交代しながら。スクラムハーフは原則佐伯くんだけれど、新二年バックス陣の中で交代しながら、ということにした。

最初の一本、望洋高は県全体でもベストエイトにあと一歩、という実力校。フォワードは保谷くん、寺島くん、石宮くんの布陣で臨んだものの、完膚なきまで、といってもいいほどに完敗した。追ってもどうにもならないモスグリーンのユニフォームを見送るばかりだったから、出場した七人は苦笑いをして戻って来た。

二試合目の夏島高とは競った。前半は5対7。開始早々に許した独走トライに対し、前半終了間際に、相手タックルを振り切った今福くんがトライを奪うものの、コンバージョンゴールは、当の今福くんが失敗した。

「ジュン、後半はオレにやらせろ!」

ハーフタイムの笛が響いたとたんに大声をかけたのが前田くん。足立くんが微笑み、基が頷いてハーフが交代する。前田くんは、グラウンドレヴェルで声援を送っていた他のメンバーと離れて、ささやかな観戦席の最上段で戦況をうかがっていた。あの子のことだから、きっと何かを考えているんだろう、と、佑子は笑みを浮かべずにいられない。

七人制は、例えばスクラムでサイドをケアするのはスクラムハーフだけだ。となれば、もう片方のサイドは空いているはず。前田くんはそう考えたに違いない。ハーフの位置でフォワードからのボールを得ると、前田くんはお構いなしに自分でボールを持って走った。それにしても、何たるスタミナとスピード。相手の裏側に出てしまえば後は自在だ。

後半は前田くんの独走トライだけで三本。さすがに真ん中にトライする知恵もついたので、今福くんが全部コンバージョンを決めた。

「ハイ。今日のオレ、もう終わり」

ノーサイドで引き揚げて来た前田くんは、給水ボトル一本分の水を一気に頭からかぶって笑った。それにしてもどれだけわがままでマイペースなんだか。足立くんは明るく笑いながらその前田くんのお尻を、思いっ切り平手で叩いた。

愛甲高校は、そんなに伝統があるラグビー部ではない。情熱のある若い先生が数年前に赴任して立ちあげたティームだ。ベンチにも、十人ほどのメンバーがいるだけだけれど、大磯東だって似たようなものといえばその通りなのだし、この試合にも全力で当たる。でも、足立くんは、後輩にも目を向ける。観戦スタンドの背後に移って、次戦に備えてのミーティング。

「澤田、お前スタンに入ってみろ。シーナ、お前がセンター」

え、と言ったきり表情を止めた二人に、足立くんは言うのだ。

「オレたちが引退する、その後も考えなくちゃな」

たまたま、その傍でウォータージャグのスポーツドリンクを調整していたのが海老沼さんだった。彼女ははじかれたように立ち上がって、その目があっという間に充血する。

「先輩が、引退する、の?」

下げた右手の先から袋を開けたばかりのドリンクの粉末が、さらさらと落ちる。

「ちょっと! えびちゃん! オレに粉かかってるって!」

飛び退きながら肩をはたく石宮くんをよそに、海老沼さんは立ち尽くしている。

「ヤだ。先輩が引退するなんて、ヤだよ」

「ミユキ、ちょっと落ち着きなさい。先輩は今日引退するんじゃなくて、引退したら、って言ってるの」

末広さんはさすがだ。海老沼さんの肩をポンポンと、あやすように叩く。

※本記事は、2021年6月刊行の書籍『楕円球 この胸に抱いて  大磯東高校ラグビー部誌』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。