研究と修養(2) ~教育委員会開発委員を2期務める~

ある時私は、校長室に呼び出され、校長から「喜びたまえ。君は2階級特進だ」と唐突に言われた。最初は何のことやらさっぱりとわからなかったが、どうもこういうことらしい。

私が次年度の教育委員会主宰の開発委員会なるものの日本史専門委員として決まったとのこと。そして、本来ならば開発委員※2をやるには、まずは研究員※3というものの経験を積んだ上で、その中の有望な教員に対して声が掛かるというものらしい。そうした段階を飛び越えて開発委員に決まったものだから、校長はそんな言い方をしたのだった。なお、当時、研究員は自ら志願することはできたが、開発委員は教育委員会からのご指名であった。

こうして、以後、2期連続でその委員を務めることとなった。年度当初に総会、そして月1回程度の月例会があり、その年のテーマに沿って研究を深め、例会ごとに進捗状況の報告、指導を受け、年度末に全都の教員に向けて、その年の研究成果の発表を行うというものであった。

往々にして、大学教授や文部省の役人を招いて講評をいただくのを常とした。また当時は、研究に関わる“報償費(研究費)”なるものが支給されるとともに、文部省主催の宿泊研修旅行(公費支出)が“特典”としてついてきた。

1年目は、歴史学と民俗学との融合の視点から、民俗芸能「田遊び」をテーマに研究を行った。その年の文部省の宿泊研修は、米処、新潟で盛大に行われた。それは、まさに典型的な“官官接待”(県〈県教委〉が国〈文部省〉の役人を招いて接待する)で、世間で騒がれていた“接待”とは、こういうものを言うのかと肌で感じた。

2年目は、日本の近代化と鉄道をテーマに戦前の「弾丸列車」に着目して研究を行った。そして、その年の“特典”は、北海道宿泊研修であった。

※2:「開発委員」正しくは、「研究開発委員」のこと。東京都教育委員会は、東京都の教員全体の教科等の指導力向上を図るとともに、急激な社会の変化や学校における教育実践から提起される様々な教育課題や要請に対応するため、研究開発委員会を設置し、各教科等及び教育課題に関わる教育内容や方法等について研究開発を行い、その成果を普及・啓発することにより学校教育の改善・充実を図っている。(出典:『東京都教育委員会ホームページ』より「研究開発委員」参照)

※3:「研究員」正しくは、「教育研究員」のこと。東京都教育委員会は、所属校における教育活動第2章2校目中部地区の普通科高校を通して、各教科等の内容、指導方法等を研究し、様々な課題の解決と指導力の向上を図り、当該地区等における教育研究活動の中核となる教員としての資質・能力を養成するために、教育研究員を設置している。(出典:『東京都教育委員会ホームページ』より「教育研究員」参照)

※本記事は、2021年10月刊行の書籍『ザ・学校社会 元都立高校教師が語る学校現場の真実』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。