2~3日して、ネイルン教授から呼びだされ、結論的には私の意思をボスは受けてくれた。しかし、加えて「征三、お前はPh.D.のコース(大学院博士コース)に乗れ、上司は私自身がなる」と告げられた。即ち、免疫病理学教室のトップが私の直属のボスになるということで、研究室では初めての事であった。このことは結果的に私が仕事をしていくうえで、大変やりやすくなったと手前勝手に考えた。ネイルン教授はそれ以降、毎週教授室に私を呼び2~3人の関連医師ならびに化学技師長を交えて私の1週間の成果を出させ、検討する機会を作ってくれた。加えて、次の週何をするかというところにまで話が及ぶこともあった。

ph.D.とはイギリス連邦の最高学位で、私のような医師(MD.)がその学位を取得すると大学教授の地位が約束される学位であった。オーストラリアはイギリスのエリザベス女王の元にゆるい連合体をつくる英連邦の一員でカナダ、ニュージーランドなど16か国が緩やかな絆で結ばれている。現在はどうなっているか知らぬが私の在豪中はテレビが終わる時はエリザベス女王の肖像が流されていた。このような背景下でph.D.の取得には高いレベルの業績を要求された。

うがった見方をすれば、私の英語力ではついていけず逃げ出すのではないかと考えてのボスの推挙であったのかもしれない。しかし私は原著は読めるし、科学論文は書けた。ただ日常一般会話が拙かっただけで仕事を続けるうえで支障を感じたことはなかった。

帰国後に知ったことだが、英連邦のPh.D.を取得した日本医師はほとんど居ない。岡山大学医学部は我国で最も古い歴史を有する大学であり、アメリカ、ドイツに留学して博士課程を修了した先輩はあまた居たが、イギリスを含む英連邦で博士号を取得したのは岡大医学部の歴史始まって以来初めてであった。このことには正直驚いた。

腫瘍免疫:がん細胞に対する免疫機構である。がん細胞は自己の細胞の遺伝子の変異で生じたものであるが、宿主の免疫機構(免疫監視機構)による認識を受け排除される。

※本記事は、2021年9月刊行の書籍『心の赴くままに生きる 自由人として志高く生きた医師の奇跡の記録』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。