最初の頃は真理を間に置く形で葛城と来栖の関係は平等であり、そのままの形で彼らの関係は続いていくものと思われた。両者には相手を出し抜き真理とより親しくなってやろうという気持ちはなかった。当時の真理という女性は二人にとっては恋愛の対象としてというよりも、その外見の美しさに二人が単純に見惚れてしまった相手ということで、そこから一種のグループ交際が始まった。

つき合いが始まって、男女間で互いに気心がわかり合えるようになった段階にまで進んでも、真理を独占して自分だけの彼女にしたいというような気持ちには二人ともならない形で関係は続いていった。葛城と来栖は音楽会の帰途、一息ついて雑談をするといった形でよく真理も誘ったのだが、バーや喫茶店では真理を挟んで三人共にカウンターに並んで座るか、彼女を前にして二人のほうは並んで座ることが多かった。

バーのカウンターに並んで座ると、彼女の顔は通常眼前に見えないということになる。しかし、喫茶店は別として、バーやクラブではカウンター席から見える向かいの壁の上面にはミラーが張られている場合も多い。実物を直接目にすることはないものの、このカウンター越しの壁にはめ込んである鏡面に映る彼女の顔を見ているだけで二人の男は満ち足りた思いをしていた。真理は二人の男にとって動態の美的鑑賞物のようなものだった。

三人が交えた話ということになると、話のネタは殆どが当日の音楽サロンでの演奏曲と演奏者のことで、感想を述べ論評し合う。興が乗ってくるような場合には議論となり、主として演奏者の品定めを三者三様の立場で行うことが多かった。およそ議論の出発点では真理が口数そのものは少ないながら、曲目や演奏者について手短に好き嫌いを言うところから始め、三者三様の発言が続いていくパターンが多かった。

葛城と来栖がいっぱしの音楽評論家になったような気分で評価を前面に押し出して意見を言い合うようなこともある。すると真理だけは話し合いの始まりから終わりまでほとんどの場合考え方を変えないままで、男二人は互いに一部のみ譲歩し合い、譲れないと思ったところはそれぞれさらに表現をエスカレートさせて自説に固執しながら議論を続けることが多かった。

特に曲そのものが独創的すぎ、専門の批評家の間でも様々に取りざたされる作曲家の論評では、三人の個性がはっきりと表れた。そのような時は往々にして真理が中立で間に立ち、葛城と来栖が対立した。

※本記事は、2021年4月刊行の書籍『ミレニアムの黄昏』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。