【前回の記事を読む】溢れる恋心。6歳年上の彼から「今から会わない?」に少女は…

第二章

暗雲の空に雨が降り止まない日々が続くように、うんざりしていた私の人生は、祐介と出会ってから、雲ひとつない快晴の空のように清々しく輝きを取り戻した。祐介に会えるのが待ち遠しくて、祐介のことを想うと授業の内容はさっぱり頭に入ってこなかった。こっそり女子トイレの個室で携帯を取り出しては返事がないかと確認をする。

今忙しいのかな。祐介からの返信がないと肩を落として教室へ戻る。机の上で両腕を組んでその上に頭を乗せ、昨晩の会話を思い返しては一人にやけてしまう。

放課後は毎日彼と過ごした。祐介の母親はホステスの仕事をしていたので、夕方には家を出る。妹は彼氏の家に入り浸っていて、もう三か月以上帰ってきてない。誰もいない家に私と祐介は二人きりの時間を大切に過ごした。

会う度に一目惚れをしていたくらい容姿も好きだった。女の影は一切感じさせず、一途で優しくて、とても愛情深い男性だった。大きく太い腕で抱きしめられると私の心は癒され、キスをされると体中で愛を感じた。彼さえいれば嫌なことも忘れられそうな気がする。

「ずっと一緒にいてくれる?」

「ずっと一緒だ」

「大好き」

「俺も」

人の温もりを肌で感じられたのは何年ぶりだろうか。小さい頃は母が帰ってくるたびに抱きしめられていた。母に包まれるとすべてから守られているようで安心できた。父の不倫が発覚してからは家族が全員ばらばらになってしまい、一緒に生活していても無機質な空間での孤独感から逃れる事はできなかった。

祐介と出会ってからは私の居場所ができた。私は彼と結婚しよう。そして幸せな家庭を築く。祐介は私の事情を知っていながらそんな過去もろとも受け入れてくれた。

祐介に抱きしめられながら、ベッドの中で何もしないこの時間が永遠に続けばいいのにと何度も思う。体がぽかぽかして心地良く、うとうとしていると祐介が私の前髪を撫でる。髪の毛をとかすように撫でるその手から懐かしさを感じた。

小学校低学年くらいだったろうか。私はよくリビングの絨毯の上で夕飯前に遊び疲れて寝てしまっていた。父がいるからきっと休みの日だったに違いない。父はブランケットを私に掛けて、そっと私の髪を撫でる。意識はあったけど反応しないように、父が手を止めないように、寝たふりをしているうちに本当に寝てしまう。

父の愛情を感じる瞬間だった。私はもっと甘えたかった。でも厳しい躾の中で、父のことを疎ましく思うようになり、気づけば顔すら合わせない生活になっていた。

どうしてもっと甘えさせてくれなかったの。

どうして私とお兄ちゃんに優しく微笑みかけてくれなかったの。

勉強なんて何になるの。

それよりももっと愛して欲しかった。

一緒に遊んで欲しかった。

「里奈」

祐介の胸の中で涙を流していた。

「ごめん、変な夢を見たみたい」

祐介の顔を見ると荒んでいた心が和らいでいく。胸に顔を埋めて息を鼻から大きく吸い込む。タバコと柔軟剤の匂いがする彼のシャツは、私の心に平穏を与えてくれる新しい安定剤となった。

お父さんの代わりに愛してね。

お母さんの代わりに抱きしめてね。