【前回の記事を読む】【小説】寡黙だった父に村人を救った過去が。息子の反応は…

坊の入り江

一通り昔話が終わったところで、友左衛門は囲炉裏の火を絶やさないように薪をくべながら、昨年の春先に目の前で起きた異国船が座礁した顛末を語った。

「異国船が座礁したときはひどい嵐で、帆柱が折れて舵も効かなかったのでしょうな。夕方、暗くなるちょっと前に、入り江に吹き流されてきて、真んなかの岩礁にぶつかって乗り上げたのですよ。すぐに辺りが暗くなったのと、波が高いのとで、あまり良く見えなかったのですが、船には何人か生き残りがいたんです。それで、村の者を励まして火を焚きました。船が傾いて沈没しそうになったからか、火を目がけて海に飛び込んで泳ぎ出した者がいました。でも、泳ぎ切れずに波にさらわれたり、浜まで着いてもそこで力尽きて、結局はみんな死んだんです」

海水の冷たさと風で体力が奪われ、低体温症で死んでいったのだ。

次の日、代官所に事故のことを届けると、その日のうちに蕪木郡の代官が見に来たという。

「それから、軍奉行の萱野軍平様がきまして、すぐに船からなくなった物があると、それは、それは、大変なお怒り様でございました。村の者が船に入り込んで、いろんな物を盗ったんです」

友左衛門はそのときのことを思い出したらしく、苦虫をつぶしたような顔をした。

「でも、そのときは、すでにお代官様が、村の者が盗った物を取り上げた後でございました」

萱野軍平は異国船の戦闘能力を調べたかったのだが、船には生存者がいなかったから、船に残った物で類推するより他なかった。それなのに、すでになかが荒らされていたので怒ったのだ。

しかしながら、友左衛門が代官の階きざはし太夫郎の命で触れを出し、村人が略奪した物は代官所に運んだと云う。萱野軍平は代官所に運ばれた物を回収しようと、直ちに代官所に問い合わせた。

その後に、さらに、海防方の役人が村一軒一軒回って、家探しまでした。村人のなかに隠し持っていて、差し出さない者がいると疑われたからだった。

吉三には初めて聞く話だった。吉三は、ちょうど、吹に来ていて嵐にあったのである。それで引きとめられるままに村長のところに逗留して、次の日、座礁した異国船で大騒ぎになったところに出くわした。その様子を家老の岩淵郭之進に知らせるために、吹を離れたから、その後のことは知らなかったのだ。