夕方近く、O型とA型を一台ずつ選び出し、二十三日のB型中古販売会第三弾で登場する一台を見るまでキープしてもらえることになった。一年あまりに及んだピアノ探しの旅も大詰め。ここまで何十台のピアノと出会って来ただろう。それが新品二台、まだ見ぬ中古一台にまで絞られた。廉は、店内に居並ぶスタインウェイ群を眺めながらカタルシスに浸っていた。

その時だった。宮田店長が上気した顔でバックヤードから戻ってきた。

「平林さん、二十三日に出品するB型中古がたった今届きました。これも何かのご縁です。特別にお見せしたいと思います」

大理石が似合う展示エリアの隅っこのドアを開け、コンクリート打ちっ放しのやや窮屈な部屋に二人は通された。工具類が四方の壁に掛かっていて、中央にB型グランドピアノが圧倒的な大きさで構えていた。勧められるままに和枝が試弾を始めたが、宮田店長が慌てて手を振った。

「平林さん、すみません! 整調、整音が思った以上にできていませんでした。この続きはどうか二十三日にお願いします」

これを聞いた和枝は冷静に頷いていた。宮田店長は、精度の低い音を聞かせたことでこのピアノの印象が下がってしまっては元も子もないと思ったのだろう。一方、廉の方は大満足だった。音の仕上がりはともかく、美しい姿を見ることができたのだから。

店の階段を上がり地上に出ると、銀座の風が海の方角から流れていた。

「さっきのピアノ、出航を前に専用ドックで調整を待つ船みたいだったね」

廉が呟くと、和枝は微笑んだ。

「廉はほんとロマンチストだね」

※本記事は、2021年9月刊行の書籍『遥かな幻想曲』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。