耳触りのいい言葉を聞いて気分は軽くなってきたが、話を終えて腰を浮かした途端、ときどき来る腰痛におそわれ、穂波はため息をついてゆっくり立ち上がった。サラは穂波や子どもたちが好きだったCDをイヤホンで聴きながら鼻歌を歌い、ステファンは少年忍者のアニメに熱中している。

二人の好物ばかりを並べた、上杉家での最後の夕食の前の時間。寿司の盛り合わせとグランマのコロッケ、唐揚げとポテトサラダがテーブルに置かれ、薪ストーブの上ではおでんの鍋がコトコト煮えている。二人は一旦カナダに帰るが、サラは日本の高校か大学に留学する準備を進めたいという。穂波は太一に向かって、

「二週間、意外と短かったね。明日から寂しくなるかも」

「そうだな。サラが留学するときは、またうちに来ればいいよ。近くの高校ならうちから通えばいい」と、ようやく彼らとの会話が増えてきた太一も名残惜しそうだ。

「ホナミ、ウワキナコイって何」

アメリカンポップスに似た、ジブリ映画のオープニングも流れていた七十年代の曲を聴きながら、サラが歌詞のわからない部分を聞いてくる。

「浮気な恋? うーん、loveaffairかな」

「ワオ」

「ホナミ、ウスラトンカチって何?」

今度はステファンがアニメの台詞の意味を尋ねる。

「boneheadとか、stupidとか」

穂波が考えながら答えると、「トンカチはハンマーだ。ウスラは薄いってことだから、thinhammerつまり、使えない奴ってことだ」と太一も参加する。

「オー、面白い。ウスラトンカチー」

「ステファン、グランパに夕ご飯だよって呼んで来て」

「ハーイ」

太一の父は八十歳で、昨年庭先で転倒し大腿骨頸部を骨折して手術を受けた。退院後は週三回のデイケアに通い、リハビリを続けている。少し手を貸せばたいていのことは自分でできるまでになったが、移動には杖か車椅子を使用している。最近はステファンが寝室から食卓まで車椅子を押して出てくるのが習慣になっていたので、[グランパ]は明日の別れを前に少し涙ぐんでいた。

※本記事は、2021年10月刊行の書籍『スノードロップの花束』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。