【前回の記事を読む】【小説】思わずため息。スタンウェイの優れた音の秘密は…

風に吹かれて

十一月十六日、招かれていたホロヴィッツのピアノ展示会に和枝と廉とで出かけた。新高島ピアノサロンの成田社長が歓待してくれる。

年配の女性が思いつくままに賛美歌を弾いていて、その優しい響きは、クリスマスシーズンが近づいていることを二人に教えてくれた。

一人三十分の持ち時間で巨匠ホロヴィッツと「対面」できる。展示されているのはニューヨーク工場製、艶消しブラックのフルコンサートグランド。製造番号は314503。

日本ではピアノのボディーは鏡面艶出しの黒が定番だが、欧米ではむしろ艶消しが主流だそうだ。

和枝の番になり、廉は持参したビデオカメラを回す。

時間は限られているので曲のハイライトのみの演奏となったが、ショパンのノクターン、バラード、シューマン「トロイメライ」、モーツァルト「幻想曲」、フォーレ「ヴァルス・カプリス」、ドビュッシー「喜びの島」と、和枝は休むことなく弾いていった。

調整の行き届いたクリアーかつ柔らかい音色。「想像していたのよりずっと弾きやすい」と笑顔に。

スタインウェイのコンサートグランドは鍵盤を押すのに必要な重量が四十五~五十二グラムの幅で調整されているが、ことさら軽いタッチを好んだホロヴィッツ仕様では四十二グラム。でもこれでは一般の奏者にはさすがに弾きにくかろうということで、今回の展示会では四十七グラムに設定されたということだ。

神奈川の地元紙が取材に来ていて、和枝の演奏シーンを撮っていく。

翌日、駅の売店で新聞を買ってみると、演奏する和枝と、ピアノの大屋根の陰に立つ廉の姿が、24面の地域面に載っていた。