風のいざない

浅い眠りの中で、また故郷の夢を見ていた。某大学病院の個室。胃癌が再発したのか、持病の喘息もあり、呼吸困難が続いていた。今は酸素吸入器をつけて、少し楽になった。俺も終わりが近いかなと宗助にしては珍しく気弱になる。そのせいか、眠りにつくと必ず幼いころの夢を見るようになった。

生家の東側には広い原生林が残っていて、その森は高台にもかかわらず、数ヵ所から湧水が出て集まる沢があった。粘土が露出した崖下の西側と北側の地中から豊富な地下水が湧出し、三角形の湿地を作り、アキタフキや野セリが群生、沢を囲む急斜面の丘からはワラビやアイヌネギ、ウド、たらの芽などが採れた。

沢は森閑とした時が止まったような静けさで、湧水がちょろちょろと小さな流れを作り、さらに奥の沢に下ってゆく。そのかすかな音だけが静止画の中で唯一の動き。この小さな流れは他の川と合流し湖に。その先は網走川、オホーツク海に注いでいると父親がいつか話してくれた。

地球が誕生し、植物が地表を埋め尽くしたときから、この沢はあったのだろうか。北の大地に足を踏み込んだ祖父が、この地を開拓地として選んだ最大の理由がこの沢で水を確保することができたからであろう。

「デデーポッポー」

と山鳩が静寂を壊す。

「チチチチッ」

名のわからない小鳥も加わった。

祖父が造ったであろう池が湧水の先にあり、蛙やオニヤンマ、サンショウウオなど、野生の小動物たちの楽園だ。

木漏れ日が、池の水面を鏡のように光らせる。南風が森の谷をさらうように吹いてくると、春遅い北国は何もかも一斉に活気づく。梅も桜もつつじさえも順番を待たずに咲き競う。

宗助は飽きもせず、池のほとりにたたずむ。まだ小学生だ。親の畑仕事を手伝えの声を逃れ、沢に足を運んだ。池の浅瀬でオタマジャクシが渦のように群れ、蛙が鳴く。水面をミズスマシが花菖蒲や葦の隙間を器用に移動する。

小石を拾い水面に向け水切りする。五回バウンドして消えた。と、池の深いところに長いヒモが揺れている。

何だろう、目を凝らすと、ヘビだ! 捕まえてやると池に向かって突進した瞬間、目が覚めた。