重太郎がそんなことを考えていると、吉三は話を坊の入り江のことに戻した。

「抜け荷のことであそこを調べたことはありやせんが、入り江に面した吹という村には何度か行きましてね」

吉三は、家老岩淵郭之進の命で藩内の様子を調べている諸星玄臣の手伝いをしている。

時には密偵まがいのこともやるが、主に藩民の生活や不満など民情を探るとでもいうか、さまざまなことを聞き集めるのが仕事だ。

それは、現藩主の義政がまだ世子だった頃、藩内の様子を知りたいというので、付き人だった岩淵郭之進が秘かにつくった組織だった。いまでは二人の他に卯吉と八重が加わっている。

「普段は人っ気のないところなんですがね。去年は大変でした。春先の嵐で大きな異国船が座礁しちゃいましてね」

吉三は、ちょうど、そのときに吹の村にいて、座礁した異国船を見たと言う。

「それがとてつもなく大きな船だったから、後が大変でした。藩は噂が広がらないようにと、かなり広く人の出入りを禁止したんですわ。さすがに、いまは、船はありませんで、元に戻っていますがね」

座礁した異国船には生存者がおらず、後で海賊船とわかり、藩でも公にしないように処理したという。

「坊の入り江は元に戻っているので、勢戸屋が抜け荷を再開したのでしょうな」

※本記事は、2021年8月刊行の書籍『祥月命日』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。