レフリーの笛に応えて足立くんが静かに言う。大磯東のメンバーは奇妙に落ち着いて、グラウンドに視線を向ける。あ、大丈夫だ。一〇メートルラインに沿って入場する彼らの背中を見ていたら、佑子は自然にそう感じた。いや、勝敗とかプレーの成功や不成功ではなく、彼らの、多分限界近くのパフォーマンスが表現される、と、無条件に信じられたのだ。

給水ボトルを二つ、無意味に握りしめて早くも涙ぐんでいる海老沼さんと、機動的に動けるようにと小さなバッグにメディカル用品を整理している末広さん。

先手は大磯東が取った。キックオフボールを相手のロックとフランカーが譲り合うようにして落球。レフリーの手が上がって大磯東にアドバンテージ。そのボールをセービングで奪ったのが寺島くん。カバーした保谷くんの足元から素早く佐伯くんがパスバックし、足立くん、澤田くんとボールが渡る。澤田くんは相手のセンターをかわして、フルバックに駆け寄る。そして、タックルポイントを半歩ずらしてあえてコンタクトを取った。

「シーナぁ! 頼むっ!」

相手フルバックの背後に上体を伸ばし、左手一本でパスを椎名くんへ。オフロードパスというプレーだ。全力でゴールライン中央に駆け込んだ椎名くんがトライ。試合早々のノーホイッスルトライが決まった。

「シンちゃんシンちゃんシンちゃぁん! シーナぁ、ナイストラーイっ!」

激情に身を任せる海老沼さんに、末広さんは冷静に一言。

「ミユキ、今福先輩に水とキックティーね」

サクラコちゃん本人は残り十四人分の給水ボトルを持ってセンターポイントへ。

※本記事は、2021年6月刊行の書籍『楕円球 この胸に抱いて  大磯東高校ラグビー部誌』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。