1988年7月4・5日(土・日)スコットランド夜行列車旅行記(その2)

-断崖のエディンバラ城と、ロッホ・ローモンド-

メアリー・スチュアート(スコットランド女王)はその美貌ゆえに悲劇の女王とされていますが、お城での説明によると、奔放な性格(子供時代をフランスで過ごしているためか)で愛人と共謀しての夫殺害の容疑で自分の子供(スコットランド王ジェームス6世、後にイングランド王ジェームズ1世)に王位を譲らされたあと、王位奪回のためにいとこのエリザベス1世に助けを求めイングランドに逃亡(先月の湖水地方ドライブ旅行でご紹介したカーライル城にてしばらく軟禁)しました。

その後そのエリザベス1世を暗殺しようとする計画が発覚して処刑されたものです。もっともエリザベス1世としてもカトリックのメアリー・スチュアート(スコットランド女王)が宗教政策上邪魔であったこともあり真相は分かりません。

メアリー・スチュアート(スコットランド女王)の城と対蹠的に、現在でも6月の最後の週に王室が過ごすというホーリールード宮殿が町の東のはずれにあります。宮殿の庭は広大な丘に面しており、丘からはエディンバラが一望できます。

宮殿の丘の北側にカールトン・ヒルというもう1つの丘があり、こちらからは海も見えます。たまたまエリザベス2世(在位1952年~在位中)女王が金曜日まで滞在中であったため土曜・日曜は後片付けのため一般見学は中止で残念ながら中は見られませんでした。

エディンバラ城からホーリールード宮殿まで続くロイヤル・マイルに面して、スコットランドで宗教改革を実践したジョン・ノックスの家がありまた彼が説教をしたスコットランド長老派教会の中心セント・ジャイルズ大聖堂があります。

ジョン・ノックスは1553年から1559年までジュネーブに滞在しカルヴァンの影響を受け謹厳なカルヴァン派のプロテスタントの指導者となりましたが、音楽・舞踏会・狩猟が大好きなお転婆メアリー・スチュアート(スコットランド女王)に批判的でメアリー退位後の息子ジェームス6世の即位式には彼が先導牧師を務めています。