それで話は終わったと思っていたら、そうではなかった。

翌日、お品の家につけ文が入っていた。その文にはこう書かれていた。

「お二人さんご苦労様でした。話は終わっていませんよ。明日の八ッ半(午後三時)料理茶屋に来てください。それで話は終わりとしましょう」

必ず二人で来てください、となっていた。

「えっ、まだ話があるの?」

お品は、呆然となった。それに、また麻衣を誘わなくてはならない。お品はうろたえた。麻衣を誘うことは心苦しい。でも、あんな家に私一人ではとても……。やっぱり麻衣に伝えるしかないのだろうか? いろいろ考えたが、一人で行くことにした。

当日、お品は、あの家に一人で行ったのだ。

格子戸をあけると、小女が出てきた。

「あのー、一人ですか?」

小女は、怪訝そうに聞く。

「ええ、もう一人の女の人は熱があって出てこられないのです」

「そうですか?」

小女は、奥にお品を案内した。

この前と同じ座敷だ。待っていると、佐間之助が出てきた。今日のいでたちは、青いキラキラした着物に、羽織を身に着けている。そして扇子。顔がいいので、青は似合っていた。ぞっとする具合に、良い男に見える。

「ほほ、今日はお前さん一人か?」

どっしりと前に置いている座布団に座る。勿論片膝立てて。

「もう一人はどうした?」

「…………」

「もう一人はどうした?と聞いているんだ」

今度は強めに言う。

「はい、伝えませんでした」

「それじゃ、相手は何も知らないんだな」

「ええ……」

「そうか。お前さん一人じゃねえ」

ゆっくりと佐間之助はタバコを吸う。そしてお品をじっと見る。

「お前さんじゃ話にならねえ」

「…………」

「もう一人の女を連れてきな?」

そう言うと、さっと立ち上がり、ふすまを開けて立ち去った。後に残されたお品は、佐間之助が消えたふすまをじっと見ていた。

「わたし一人ではだめなんだわ」

また麻衣を誘わなければならないのか。いつまでも迷惑をかける。お品は首を垂れて歩いていた。向こうから歩いてくる人に、真正面からぶつかった。

「あ、ごめんなさい」

頭を下げてから相手を見た。麻衣だった。

「どうしたの?心配だから様子を見に来たのだけど」

と言う。

「ありがとうございます」

お品の目には、涙が浮かんでいた。何ていう日だろう。麻衣のことを思っていたら、麻衣が現れるなんて。お品は麻衣に取りすがった。麻衣も「どうしたの?」と言いながら、お品を抱きかかえている。やっぱり来たのは正しかったんだわ。そう思ってお品を見ていた。

お品は、麻衣が来てくれたので、あの文のことを洗いざらいに喋ったのだ。

「また話があるって、そんなの嘘だわ」

麻衣は言う。

「でも、文が来て、わたし行ったんだから……」

麻衣は考えた。これで終わりとしないところが、あの人たちの世界の考えなんだわ。何とかしないと……。

麻衣は、じっと天を睨んで考えた。何かあるはずだわ。やっと良い考えがひらめいた。

「そうだわ」

麻衣は新之助に、頼むことにしたのだ。本当は、誰にも頼まなくて、自分一人でやるつもりだったが、今回はそうもいかない。やくざの親分だから……。それも侍崩れの親分だからだ。

※本記事は、2021年7月刊行の書籍『紅葵』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。