喫煙は健康長寿の最大の障壁である

タバコくらい、健康長寿への道を妨げるものはないと思います。昔、剖検で喫煙者と非喫煙者の肺を見たことがあります。喫煙者は一目で分かります。炭粉がたくさんこびりついていて、とにかく汚いのです。健常者に見られるような桜色のふっくらした所見とはまったく違います。顕微鏡で見ると、気道末端の肺胞でガス交換の膜が破壊され、空気がたまって肺気腫の状態になっています。

気管、気管支の上皮細胞には、繊毛という歯ブラシのような組織があります。それは粘液を出しながら、常に気道を清潔に維持するような運動を続けています。喫煙者ではこの組織が破壊され、使い捨ての擦り切れた歯ブラシのようになっています。内皮細胞は分裂するので、新しい繊毛がまた利用できるのですが、喫煙者はその繊毛がすぐだめになります。汚れた空気を少しでも外部に排出しようという、生体に備わった健康長寿への道を閉ざすことで、喫煙にまさるものはないでしょう。

タバコに含まれる有害物質は二百種類あるいはそれ以上ともいわれますが、主な成分はニコチン、一酸化炭素、タール、シアン化水素などです。タバコがリスクとなる疾患は、①がん、②虚血性心疾患、③慢性閉塞性肺疾患(COPD)です。

このうちがんは、肺がん、気管支がん、咽頭がん、喉頭がん、食道がん、膀胱がんなど、そのリスクは多岐にわたっています。虚血性心疾患は心筋梗塞がその代表で、三大危険因子は高血圧、喫煙、脂質異常です。COPDは、タバコ病ともいわれます。喘息様発作と息切れが主症状ですが、喘息と違ってステロイド吸入の効果がありません。吸気よりも息を吐く呼気に障害があります。検査では、できるだけ速く呼出させて、はじめの一秒量あるいは一秒率を測定します。それが七十パーセント未満ならば、COPDと診断され、必要に応じて酸素吸入をします。

喫煙者は現在次第に減少しつつあります。私が老人医療センター(現健康長寿医療センター)の院長に就任した時は、院内でタバコ販売のスタンドがあり、廊下に灰皿が置いてありました。私は院内禁煙を実施し、呼吸器科に禁煙外来を実施させました。すると患者から、喫煙という楽しみを奪うのかとの抗議がありました。そこで喫煙室を別に設けましたが、これを見た外国人から、このような部屋があるようでは禁煙効果が薄いといわれました。

私も若い頃は、一日二十本くらい吸っていました。診察中でも吸っており、病院の廊下には灰皿がありました。しかしタバコの害を知ってからすぐ喫煙をやめました。今日では、病院はもとより公共施設は、すべて禁煙となりました。男性の喫煙率は三十パーセントくらいに減少しましたが、まだ十分ではありません。禁煙できないのは、ニコチン依存症から脱却できないためといわれます。喫煙で心が落ち着くというのは、依存にもどるためです。その依存度は麻薬に匹敵するといわれます。

今日では多くの病院に禁煙外来があり、禁煙のための処方もあるので、禁煙は以前より成功率が高くなりました。若い人は、喫煙しないように成人式で誓ってもらうとよいと思います。

※本記事は、2021年7月刊行の書籍『健康長寿の道を歩んで』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。