時間が時間だけに客入りはまばらだったが、カウンターには誰もいなかったので、中央の席に座りビールを注文した。腕のレイをカウンターの上に置くと、心が安らぐようないい香りが漂ってきた。レイをかけていた左腕を鼻に近づけ嗅いでみると、えも言われぬ清々(すがすが)しい匂いがした。

ステージを見上げると、見慣れない顔の子たちが踊っていた。待機している四人のダンサーにも知った顔はなかった。シャーリーもアミティスもノラも、馴染みの子たちはみんな買われていってしまった後のようでがっくりきた。

そんな少し落ちた気分になっていた時、一人のレセプショニストが後ろを通り過ぎた。その瞬間、気のせいだろうか、先程嗅いだサンパギータの匂いが漂ったように思えた。

「今日は遅かったじゃない」

後ろでこの店の太ったママ、リリーの声がした。

「あちこち顔出ししなければいけない所が多いんで。儲かっているようですねぇ。きれいどころはみんな売り切れですか」

正嗣は適当に話を合わせる。

「今日はアメリカン・ネイビーの人たちがたくさん来たからね。ほら、奥にまだ何人か残っているでしょ。ウチにもマサを待っている子が何人もいるから、もっと早く来てよね」

「よく言うよ! ところで、あのレセプショニスト見たことないけど、新人?」

「今日入ったばっかりよ。興味あるなら呼ぼうか」

「うん、挨拶代わりにあの子に一杯奢らせて」

リリーは新人レセプショニストを呼び正嗣の横に座らせ、コーラを注文した。正嗣の耳元で「この子はまだ出ないわよ」とささやいたので、「心配いらないよ」とママを追い返した。この新人は近くで見ると本当にかわいかったが、幼さを感じる。どこかで見た顔だなぁと一瞬思った。そうだ、さっきのサンパギータ売りの少女と同じような目をしているからだ。

「初めまして。どっから来たの」

「ミンダナオのカガヤンデオロ」

「名前は」

「ジョアン」

「歳はいくつ」

「一四歳」

「若いなぁ。今日入ったばっかりだそうだね。頑張ってね」

※本記事は、2021年6月刊行の書籍『サンパギータの残り香』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。