ただ事ではない母の叫び声と、父の狂気に満ちた声色が響き渡る。玄関から外に出て行った様子の二人。顔を歪めながらシャンプーをすぐに洗い流した。急を要する事態に、体はびしょびしょに濡れていたがそのまま服を着た。

「なにがあったと……」

いい加減にしてよと言わんばかりに眉間にしわを寄せて、二人を追いかけ外へ飛び出た。そこには髪の毛を掴まれ、家まで引きずられる母の姿。通りすがりの一人の男性が警察を呼びましょうかと言ってくれたが、父は「結構です」と母を連れ戻した。

私……、まだ十三歳なのに。もうすぐ誕生日で、本当なら楽しみに待っているはずだったのに。シャワーも安心して浴びられないなんて。どうしてこんな親元に生まれたのだろう。玄関からその様子を眺めていた私は自分の境遇を呪った。幼い頃は眠りにつく前に悪者から家族を守る空想をしていたが、今は毎晩のように一家心中を企て、すべてを終わらせることを計画していた。

全員寝静まったあとに、練炭を使って眠るように死ぬのが誰も苦しまないで死ねるのではないか。同じことを何度もシミュレーションし続けた。家族ごとこの世から消して楽になりたかった。中学生が両親を刺したという事件をニュースでみると、なぜか理解できる気になっていた。

思春期の子どもにとって親の「不倫」は立派な大罪である。私が犯罪行為をしないのは自分の人生を台無しにしたくないことや、母と兄を犯罪者の家族にさせたくない思いがあるからで、頭の中では何度も父と不倫相手を殺していた。

母が不倫相手の連絡先をもっていることを会話の中で知ったので、勝手に母の携帯から番号を抜き取った。

「お前のせいで家族がバラバラになってしまった。お前は他人の家庭をぶち壊したクズ野郎だ」

女に罵れたらどんなに気持ちがスカッとするだろうか……。

父と同じ職場ということも知っていたので、職場まで乗り込んで同僚や上司の前で暴露することも考えた。授業中でも家にいるときでも、時間ができると女に復讐する想像ばかりしていた。表面上は健全な女学生をしていたがその瞳に写る世界はとても暗かった。父は私がここまで恨み、憎み、殺害まで考えていることを知らない。知ったらどんな反応をするのだろう。

友人との楽しい時間だけが私の存在意義を見出してくれる。私には安らげる家はない。最近では母に対しても怒りを感じてしまうようになった。母はまったく悪くないのに、それでも「お父さんを選んで結婚したのはお母さんのせいだ」と責めた。

父に言えない恨みを、立場が弱い母、優しい母に容赦なく吐き出した。罪悪感もあったが積み重なった怨恨に比べると、このくらい微々たるものにすぎないと自分を正当化していた。母は言い返すことなく、理不尽な八つ当たりをする私を叱ることもせずに謝った。

※本記事は、2021年10月刊行の書籍『拝啓、母さん父さん』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。