夢のかなた

源蔵さんは重い病気で、もう少ししか生きられないと自覚していた。若いころから人一倍の働き者で、広大な荒れ地を開墾、ひとかどの農家になっていた。が、生活は相変わらず苦しく、貧乏暮らしをしいられている。

それでも源蔵さんには夢があった。北の大地でも充分に農業で豊かな生活ができ、自然を大切にした、多角的大規模農園を経営すること。あたり一面黄金色の麦の穂が揺れ、ジャガイモの花が咲き、たくさんの豆が実っている。家族にもお金で苦労はさせたくない。それがこれまで源蔵さんががんばるために描いていた夢だった。だから夢半ばで死ななければならない運命に絶望した。

そこでさんざん考えたあげく、あらゆる神仏にお祈りをして、死後幽霊になってでも、自分の残した田畑がどうなるのか見定めたいと願った。神仏は相談の上、死後二十年たったら、幽霊でこの世に化けて出られることを源蔵さんに約束した。死んでしまえば二十年なんて、アッという間に過ぎ去って行った。

源蔵さんには二人の息子がいた。長男は学校の成績も良く、社交的で友だちも多かったが、次男は愚図で何かにつけ源蔵さんを悩ませていた。死ぬ前、源蔵さんは残される財産を兄弟二人に平等に分け、夢を語り、遺志を継いでくれるように頼んだ。

源蔵さんの死後、長男は残された財産で土地を広げ、二十年後には農園からゴルフ場に姿を変えていた。一面グリーンの芝で、週末には大勢のお客がゴルフに興じている。翌年には二つ目のゴルフ場を開く予定にしていた。長男は成金らしく派手な生活をしていたが、金儲けの才能があるらしく、生き生きと働いていた。幽霊の源蔵さんは長男が元気で生活できていることにホッとしながらも、自分の夢とはかけ離れてしまったゴルフ場の真ん中で涙を流した。

次男は愚図で残された財産のうち、耕作に一番適した土地を借金の形に取られ、今では沢の辺鄙なところで細々と生活していた。周りはうっそうとした森、湧水を頼りに水道もなく、電気がやっと。牛、羊や豚、鶏を飼い自給自足の貧しい生活。家も土壁が落ちそうなあばら家で、湧水の周りには水芭蕉や花菖蒲が咲き、沢ガニやサンショウウオが棲み、自然がそのまま残っていた。湧水のほとりで幽霊に姿を変えた源蔵さんはそんな次男の不甲斐なさに涙を流した。