取り戻せない年月とこれから先どのくらい生きられるのか、あまりに自分を抑えて優等生で生きてきたので、自分を表現できない。ハナに辛く当たり始め、当たられるハナはたまったものではない。ミチさんがハナに当たり散らすのはいつも二人きりのときで、息子や客の前では『好々婆』さんだった。たまりかねたハナが家を出ようとすると、ミチさんは泣いて懇願する。

「お母さんごめんなさい、いい子にするから置いていかないで」

ハナも姑が子ども返りをしてしまったのだと理解して優しい言葉をかけると

「さあ殺せ!」

鬼の形相で喚きだす。こうしたミチさんを始終相手にしていては、ついにハナも体調を崩し入院してしまった。それでもミチさんの状況は良くなることはなく、ハナが落ち着いて家に帰って来ると、また罵られるような毎日だった。

そんなことを繰り返すうち、ミチさんは旅立った。ハナは長寿銭の袋詰めをしながら思った。「長生きもほどほどにしておこう、人生を楽しむことをまず身に着けなきゃ、いつお迎えが来るのかなんてしょせんわからない。あの世に逝くとき『楽しい人生だった』と納得して逝きたい」と。

「これはお義母さんが私に遺してくれた貴重な教え、これからの自分の人生を大切に生きていきますね」ミチさんの葬儀は長寿銭の袋が足りなくなるほど、たくさんの弔問客で、賑やかな野辺の送りとなった。

わかっていても人生はままならない。ミチさんの息子も病であっけなく逝き、ハナも年齢を一つひとつ重ねて姑の享年に近づく。早朝から散歩に出かけ、足腰を鍛える。人付き合いも誘われればできるだけ断らずに参加する。わずかながら野菜も作っている。今のところ健康は維持できているが、年相応にガタはきている。

老いることや患うことに不安がないわけではないが、姑のことを思い出し、一度だけの人生、今を楽しまなければ。自転車のペダルを元気良く踏み、今日の講和のテーマは何かしら? 若い講師はイケメンだし、ちょっと楽しみと胸をときめかせてみる。生きる楽しみはおかいこさんのように自分で紡ぎだしていくものかもしれない。吹いてくる風に負けないようハナは力いっぱい自転車をこぎ続けた。

※本記事は、2021年9月刊行の書籍『癒しの老話』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。