当時の日本人駐在員は、デルピラール通りに平行したマビニ通り沿いにあるカラオケラウンジやナイトクラブに行くのがメジャーな夜の過ごし方であったが、正嗣は仕事に疲れた体をビールで酔わせ、ゴーゴーバーのカウンター席に座りぼーっと大音量のディスコミュージックを聴いているのが好きだった。

初めは一人で店に入る勇気がなく丈に連れていってもらったが、八月に入った頃から毎晩一人でデルピラール界隈を飲み歩くようになった。ゴーゴーバーの客の八割方は白人だった。彼らは実に堂々と遊ぶ。カウンター席で自分の膝の上にダンサーを座らせ、前に手を回しダンサーの体を抱きかかえながらビールを飲む。

そんな様を見ながら正嗣は思う。実に絵になるなぁ。何で白人たちはあんなに格好良く飲めるのだろう。そんな人間観察も正嗣のゴーゴーバーでの楽しみの一つだ。

正嗣は仕事が終わるとUN通りをマニラ湾方向にデルピラール通りとの交差点まで下り、そこを左に曲りデルピラール通りのゴーゴーバーを数軒ハシゴしながら寮へ帰る大回りルートを最近は取っている。

まず一軒目はパドゥレファウラ通り手前の『レッドガーター』。アフロヘアにトンボメガネというインパクトのあるママとビールを飲みながらしばし世間話。正嗣があまりダンサーを呼ばないのを知っているので、女の子の押し売りはせず、いつも五分から一○分の世間話に付き合ってくれる。

二軒目は『プシーキャット』か『ブルーハワイ』、そして三軒目が『バブルズ』か『ファイヤーハウス』だ。

そして最後は必ず『ノアズアーク』。二軒目、三軒目は、その日の気分と体調によって変わったり飛ばしたりしたが、一軒目と締めの店はいつも同じだった。

締めのノアズアークは今一番のお気に入りの店だったが、順番的には最後になるのでいつもへべれけ状態で入っていた。ノアズアークは大き過ぎず小さ過ぎず適度に落ち着ける広さの店で、ダンサーのお立ち台は一ヵ所で大きめの舞台のような造りだった。そのステージを囲むようにカウンターがあるが、ステージとカウンターの間にバーテンガールが酒を作り動き回るスペースがある。

店のオーナーは音響設備にも金をかけているらしく、スピーカーから流れるディスコミュージックはフルボリュームでも音が割れず、重低音が酔った脳髄に快い刺激を与えてくれる。

ダンスステージの高さは客の目線とほぼ同じで、カウンター客はダンサーを下から見上げることになり、ダンサーの足を長く見せる効果があるようだ。カウンター席の回りは通路になっており、三方の壁際はステージよりも高いテーブル席で、そこからはステージで踊るダンサーを見下ろすような造りになっている。

※本記事は、2021年6月刊行の書籍『サンパギータの残り香』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。