それに比べて、日本では硝石の鉱山がないので、硝石を手づくりしていた。その方法とは、ヨモギなどの雑草を集めて堆肥をつくり、そこに尿をかけて発酵させると硝酸塩ができる。それを煮つめて濃縮し、結晶化すれば硝石が得られるのだが、手づくりだから、量的に多く手に入れることは難しかった。

それでも、萱野軍平は小粗衣の屯所近くの農家に硝石づくりを依頼し、秘かに火薬をつくろうとした。また、大砲や火薬の製造だけでは海防への備えが十分であるとは言えないと、沿岸を警備するために大砲を装備できる船の建造も進めようとした。

「しかしながら、それらが整うまでまだまだ時間が掛かる。それまで抜け荷を取り締まりたいが、なにせ藩内は海岸線が長く、小舟ならどこでも荷を陸揚げできるから厄介なのだ」

萱野軍平は誰がどこで抜け荷をやっているか、突きとめたかった。諸星たちが集めた情報によると、誰が抜け荷をしているかはわかっているが、どこでどのようにかはわからないと言う。

抜け荷の荷揚げ場所として、金崎港と坊の入り江の名が挙がっているが、坊の入り江というのは海の難所と言われるところで、とても舟が使えるようなところではないらしい。

それでも、とりあえず二手に分かれて調べることになった。諸星と青山新左衛門は金崎港に向かい、吉三と重太郎は坊の入り江に向かった。吉三が坊の入り江に土地勘があったからである。

吉三と重太郎は坊の入り江に行くのに小粗衣の屯所から小粗衣川を舟で西に下り、その河口にある海防番所経由で日本海の海岸沿いを南下した。

吉三は気の良いおじさんという感じで連れ立っている。重太郎に初めてあったとき、加持惣右衛門が新宮寺司と呼ばれていた頃を思い出した。吉三はそういう重太郎と一緒に仕事ができると上機嫌だった。

重太郎のほうは抜け荷のこともあるが、加持惣右衛門に言われたもう一つのことを考えながら歩いていた。海浜地区に行くのだから、海防のことも考えてみよと言われたのだ。

だが、海防のことなど考えたこともない重太郎は、ただ首をひねるばかりである。それでも、江戸から帰藩するとき、青山新左衛門から坊の入り江での武装した異国船の難破の話を聞いたのを思い出しながら、茫漠と続く長い海岸線から水平線までを一望して、海から大砲を撃ちこまれて攻められたら、防御は難しいかもしれないと思ったりした。

こうして重太郎は帰藩したにもかかわらず、実家に立ち寄らなかったことが、後で重太郎の心に悔恨を生み、重大な影を落とすことになる。

※本記事は、2021年8月刊行の書籍『祥月命日』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。