一時間目の算数の後、女の子が二人近づいてきて、

「ディズニーランドに行ったこと、あるんよ。その時、お台場のおばさんちに泊まったけど、近い?」

「半蔵門って、どんな所?」

と言った。一人は角田ちさ、もう一人は斉藤さゆりと名乗った。さゆりは二重ふたえの大きな目と少し厚めの唇の、はるなより一回り背が高い女の子だ。話し声もはっきりとして大きい。それに引き換え、ちさは一重ひとえの引き目ではるなより少し背が低く、せていて、声が小さい。二人とも曇りのない顔をしている。

その日のうちに三十七人全員と顔を合わせた。名前は一応聞いたように思うが、名前と顔が一致しない。生徒たちは転校生がめずらしいのか、新入りであるはるなのことを根掘り葉掘り尋ねる。

しかし、自分のことを紹介しようとしない。自分を知ってもらいたいより、はるなのことを知りたいという思いの方が強いようだ。名前は名乗るが、自分が得意な教科とか、どこに住んでいるとか、自己紹介のようなことは何もしない。そしてはるなのことをいきなり尋ねる。生徒たちは、こども園に通っていた時からほとんどメンバーが替わっていないので、お互いがお互いのことをよく知っている。好きな歌手や嫌いな食べ物に至るまで分かり合っている。今更、自分を紹介する必要はない。しかし、そんなことははるなには通用しない。そのことが子供たちには分からない。

家に帰ってから、母に、

「皆がじろじろと見てきた。質問してくる人がいるから答えようとしているのに、別の人が別の質問をしてくるから、何も言えなかった。もう、じろじろ、じろじろ」

と報告した。

「最初はそんなものでしょ。そのうちお友達もできるわ」

母はのんきな返事をした。はるなにとって生まれて初めての転校、生まれて初めての田舎いなか暮らし、うまくなじめるかどうか心配だが、ここで親が心配な顔をしてどうすると、じっとこらえた。

「心配でも親は介入してはいけない。放っておくと、自分たちでなんとか解決していくし、そうさせるのが後々のため」

と、転勤が多かったはるなの祖父とともに何回も転居を余儀よぎなくされた祖母が、こんこんと話していたためだ。

※本記事は、2021年10月刊行の書籍『朱の洞窟』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。