転校

小学校の前庭に植えられた桜はすでに満開となり、風が吹く度に一枚、また一枚と、花びらが舞い踊る。くるくると舞い踊ったピンクの花びらは校門の前のガードレールを跳び越え、道路向かいの民家の前庭に、あるいは、その隣の田んぼまで飛んでいく。田植え直後の田んぼに張られた水に小さな水紋すいもんができる。

田んぼでは白鷺しらさぎえさをついばみ、ヤゴが羽化の時を待っている。オタマジャクシも、かえるになる時を今か今かと待っている。今はまだ稲は植えたばかりで小さく、葉っぱの数も指折り数えられる程に頼りない。水田は大きなあおい空を映し、キラキラと輝いている。しばらくすれば、稲は大きく茎を伸ばし、葉の数も増やす。やがて成長した稲にさえぎられ、空を映すこともなくなる。花が咲き、そして、稲穂が色づき、首を垂れ、実りを迎える。

春休み中、静かだった学校に子供の歓声が帰ってきた。新学年が始まって、久しぶりに顔を合わせた子供たちが、春休みの旅行のことなど話しながら教室に入っていく。下駄箱の戸のパタパタと開け閉めする音や廊下を歩き回る音が校舎の中にひびき渡り、にわかに学校が活気を取り戻す。そして生徒たちは三学期より一学年ずつ上の教室へと入っていく。

五年生の教室にも三十七人全員が机を並べている。机には生徒の名前が書かれている。自分の名前を見つけて席に着き、ホームルームの始まるのを待っている。四年生の時と同じメンバーが教室だけ移動して全員そろっている。一番前に一つだけぽつんと空席がある。担任の先生が一人の女の子をともなって入ってきた。

「おはようございます。私が今年一年、皆さんの担任となる四宮です。よろしくお願いしますね」

先生は生徒たちの親よりも大分若くて、お姉さんといった方が良いような年齢だった。フリルがたっぷり付いた白いブラウスを着て、ふわふわとした紺のスカートを揺らし、手で自分を指し示しながら話した。

「皆さん楽しい春休みでしたか?今日から皆さんは五年生です。お勉強することが増えて大変ですが、一緒に頑張っていきましょう。今日から新しいお友達が一人増えます。関口はるなさんです。仲良くしてくださいね」

そして、四宮先生は一番前の席を指さして、

「関口さん、ここがあなたの席です。では簡単に自己紹介をしてください」

と言った。

「関口はるなといいます。東京から来ました。今まで半蔵門近くの小さなマンションに住んでいました。父はお寺の関連の文化財の研究と保護の仕事をしています。ちょっと前からこっちに来ていて、一週間前から母と私もこちらに来ました。よろしくお願いします」

ホームルームの後、男子たちが自己紹介もなく、はるなを取り囲んだ。

「東京だって」

「半蔵門だって、そんなもん、知らんわ」

「父だって。お父ちゃんとかパパとか言わんのか。変なの」

「あの」
「お寺って鶴林寺かくりんじ太龍寺たいりゅうじを研究するんか」

「えっと」

「太龍寺のお宝を掘り出すんか」

「お宝って?」

「兄弟、おるん」

はるなは答えるひまもなく次々に出される質問に、ただ黙っているしかなかった。小さな声で何か言ってもかき消されてしまった。