ニノイ・アキノの到着

一時過ぎに中華航空八一一便はマニラ国際空港に着陸し、ターミナルビルに向かって誘導路上をゆっくりと動いていた。ようやく故国に帰ってくることができたとの思いが一瞬ニノイの脳裏を(よぎ)ったが、問題はこれからだと身を引き締めた。やがて、機体は八番ゲートの前で止まった。準備が整うまで座席を離れないようにとの機内アナウンスが流れる。ニノイと記者団一行の緊張感は高まり、一瞬一瞬が非常に長く感じられる。窓際に座っていた記者は空港内の様子を窺っていた。

やがて蛇腹ゲートが横付けされ、機体前方のドアが開くとすぐに軍服姿の三人の兵士が入ってきた。兵士たちはニノイの姿を確認すると、先に降りるようニノイ一人を連れ出した。同行していた義弟の日系米人のカシワハラ氏も一緒に行こうとしたが、兵士たちに制されてしまう。

ニノイが機体ドアから蛇腹ゲートに出た時、カメラクルーたちもカメラを回しながら後を追ったが出口付近には人の壁ができており進めなかった。ニノイと三人の兵士はターミナルビルへ向かうのではなく、蛇腹ゲート横のドアから外に出て、地上へ通じるタラップを降りていった。

ニノイの姿を追ったカメラの視界からニノイが消えた一一秒後、一発の銃声が鳴り響いた。そして、更にその数秒後に立て続けに五発の銃声が響き渡った。機内ではどうしたんだ、何が起きたんだと騒然とした状況になる。

記者やカメラクルーたちは外の状況を見ようとやっきになり、ようやくカメラが捕らえたものは血を流し地面に横たわる二人の男の姿であった。白いサファリジャケットを着てうつぶせに倒れていたのはニノイ・アキノ、その近くでジーンズに青いシャツを着た謎の男が仰向けで横たわっていた。そして、兵士たちは素早くニノイの体を抱えあげ近くに止めてあった青い軍用車に乗せ込みどこかへ運んでいった。