KANAU―叶う―

日向:日向です

日向:よろしく

日向:傘ありがとうたすかったよ

日向:いつかYOUR HEARTでごちそうするよ

望風は、歓声をあげたい気持ちを理性でおさえようと、口を手で塞いだ。うれしかった。どんどん高揚していく気持ちを冷まそうと、また目をきょろきょろさせながら、瞬きを何回もして深呼吸した。

望風:ありがとうございますお会いできたら嬉しいです

遠慮せず、素直に返信してみた。このやりとりから一か月ほどの時間が過ぎた。その間、望風は、あの見つめ合ったひとときを何度も何度も想い起こして、あの時の衝撃を振り返っていた。

あれはなんだったのか。なぜ見つめあったのか。合った視線をほどけなかったのか。考えても考えても答えはでない。だが、たくさん考えてしまったので、もうすでに頭から離れなくなっている。日向の存在が。望風にとって、ただの知り合いではなくなったことは確かだ。もう一度、いやもっと見つめ合いたくなった。やみつきになりそうな衝撃だったのだろう。その正体がよくわからない。なんだったのか確かめ合いたいのかもしれない。会いたいと思っている。

何度かYOUR HEARTへ足を運んだが、会えなかった。会話のついでに日向のことを聞き出せるかもしれないと、巧みにともみさんと話してみたが、妙に意識してしまって望風の方から日向のことを聞き出せなかった。望風はもうすでに、日向との出会いに苦しみを味わい始めていた。

中学生の頃、美術の先生を好きになった。男子生徒と同年代のようにじゃれ合う無邪気さや、色気のあるきれいな指先が好きだった。作品を作るときにすーっといつのまにか集中するその横顔を見つめる時間が、望風の至福の時間だった。何かあってはいけない相手だとわかっていた。でも、相手のことを思えば思うほど危険を冒したくなる。スリルさえ楽しんでいたのかもしれない。いたずらしている子猫のような顔をして……。

ただ好きになっただけなのに、不自由な恋もあることを知った。先生に迷惑をかけるようなことだけはしてはいけない。それだけはわかっていた。でもだんだん感情をおさえきれなくなっていった。いけないことをしてしまった。その罪悪感から今も抜け出せずにいる。温もりや快感も知った。だけど、心の底から笑えなかった。

望風の音楽の原点は、もしかしたら悲しみかもしれない。本当の恋ならば叶うはず。苦しみはあっても悲しみはないはず。望風は、そう思うようになっていた。少しだけ日向との出会いと重ね合わせた。

週末、優理と望風は、NOW AND THENのバンドスペースにいた。朝食は望風の家で一緒に済ませ、コンビニでお菓子や飲み物を買っていって、テスト勉強の合間に、曲の演奏をしたりして過ごして、いつの間にか夕方になっていた。おなかがすいたから帰ろうかと二人で話していると、武士が来た。