帰りは新幹線に乗った。それで少し気が大きくなったのか、和枝と廉は新品スタインウェイを探してみる可能性についても初めて話した。

九月下旬、亜細亜ピアノ見学の報告も兼ね、新高島ピアノサロンへ出向いた。この頃には社長の成田さんが、ピアノ選びの、ある意味では良き相談相手になっていた。ピアノそのものの知識はともかく、「いい楽器を見つけてきて安く提供してあげよう」という販売上の配慮が感じられ相談しやすかったのだ。

「世界で最も複雑な手作り機械装置」と称され、クラフトマンシップに支えられ、現代でも量産はされていないスタインウェイピアノ。家庭に迎え入れるにはまず価格の壁があった。家庭やスタジオ向きの新品となると、どの型でも一〇〇〇万円前後なのだ。

さらに置く場所の問題もある。平林家の場合、レッスン室は二重壁、二重床と防音対策には万全を期したが、音響効果に特段の配慮がされているわけではない。都心のスタジオなどとはわけが違う。極上の名器を置いたところで、音響面での費用対効果はどの程度のものなのか。買うか否かを迷う以前に、最高の音を保証してくれる基準すらなかった。

こちらもピアノ選定の明快な判断基準を持ち合わせているとは思えない成田社長。亜細亜ピアノでの中古探しが不調に終わったことを話すと、「そうでしょうとも」とばかりに身を乗り出し「これからは新品の時代です」と大きく出た。前回来訪の折、和枝が新品を弾いて「このA型はなかなかですね」と言っていたのを社長は記憶していたのだろう。

※本記事は、2021年9月刊行の書籍『遥かな幻想曲』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。