卒業式 ~初めて送り出す生徒たち~

1年次のクラスはクラス替えを行い、2年、3年次は、持ち上がりクラスであった。3年担任時のある午後のホームルームのことである。自分のクラスに行くと、教室は空っぽで生徒は誰もいなかった。

黒板に目をやると、「今日のHR〈注:ホームルームの略称で、学級活動の時間のこと〉は体育館で行う。生徒は全員体操着に着替えて集合すること。担任より」と汚い字で書いてあった。一杯食わされたか……。

急いで体育館へ向かうと、満面の笑みを浮かべた生徒たちが大きな拍手で私を迎えてくれた。「こんな悪戯、誰が企んだ?」と咎めるつもりだったが、いつの間にか、生徒たちと一緒にバスケットボールに興じている自分がいた。

さて、そんな楽しいひと時も束の間、彼らとの別れの時があっという間にやってきた。卒業式だ。私にとって、初めて送り出す生徒たち。担任としての演出、どうしようか。当時一番好きだった曲『マイ・ウェイ』を卒業式での退場曲として流すことにした。

学年会で、クラスごとに選曲し決めることになっていた。ほとんどのクラスが、生徒の意向を反映したものであったが、自分のクラスだけは、担任の意向で決めた。この3年間の自分の学級経営の集大成、その最後の記念すべき瞬間が卒業式である。

自らがプロデュースし、自らが主役を演じ、自らが酔いしれる。そのための舞台に花を添える曲は、自分が一番好きな曲を流すに決まっている。こんなに気持ちの良い瞬間はまさに至福の時である。

フランク・シナトラの『マイ・ウェイ』の曲が流れる中、担任として、式にご列席いただいた皆様にご挨拶し、受け持ちクラスを先導して退場する。教室に戻ると、今度はカセット・デッキで、また再び『マイ・ウェイ』の曲をバックミュージックとして流し、生徒、保護者を前に最後の挨拶をする。

そして、『マイ・ウェイ』をエンドレスに設定し、繰り返し、繰り返し曲が流れる中、校長先生から代表生徒が受け取った卒業証書を、今度は担任の私が38名の生徒一人一人に対し渡した。まさに、私の世界、『マイ・ウェイ』ワールドの異空間がそこにあった。

ほとんどが就職して社会に出て行くので、彼らにとっての最高学府は「高校」であった。私は生徒とともに卒業(異動)し、その高校を去った。卒業した生徒が母校に立ち寄っても、元担任がいないことで申し訳ない思いもあったが、教科指導、生徒指導、分掌業務など、この5年間で十二分にやり尽くした感が私には満ち満ちていた。

もしもここに留まれば、その先にあるものは、「マンネリ」と「手抜き」しかないと感じた。その意味でこの学校を離れることは、私の次なるステージへの、新たなる挑戦のために必要なことでもあった。

※本記事は、2021年10月刊行の書籍『ザ・学校社会 元都立高校教師が語る学校現場の真実』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。