過去に何度かでたことのある離婚話。その度に父は「パパとママが別れても良いのか」と小さかった私と兄に聞いた。どんなに怖い父でも、この世でたった一人の父親を失いたいわけがない。私は涙ながらに阻止した。だが今回はこれまでと違う事がはっきり伝わる。

心の準備もできていない状態でのいきなりの告白に戸惑い、「離婚」という言葉が鋭く胸に突き刺さる。昨日は上手くいっていた。母をみんなで迎えに行こうと言ったのは父ではないか。

だって昨日は――ふとライオンハートの曲が頭の中で流れた。歌詞と現実、父と母。私はいったい何を重ねて聴いていたのか。気持ちが追いつかないまま、大粒の涙が頬を伝いこぼれ落ちる。勉強机に顔を伏せて腕の中で泣いた。出掛けている母の帰りを願うばかりだった。

父が遊んでくれていた記憶が今になってまざまざと思い浮かんでくる。まだ私が保育園に通っていた頃、休日になると兄と近所の直樹くんも一緒に海へ連れ出してくれたことがある。海水浴の記憶は父が連れて行ってくれたことだけ。決まってその日のお風呂は、真っ赤に焼けてヒリヒリする体を父が洗ってくれるのだが、母よりも洗い方が雑なので痛い。髪の毛を洗うのも荒々しく、息もしづらくてあまり好きではなかった。それも良い思い出。

庭で雪だるまを一緒に作ってくれたことや、当時の飼い犬であるタローが誘拐されてしまったとき、一緒に保健所で見つけ出したこと。一つ、また一つと思い出す度に瞼が熱くなり、さらに涙がこぼれる。声を出さないように我慢するが嗚咽は止められなかった。

私は父を愛していた。

※本記事は、2021年10月刊行の書籍『拝啓、母さん父さん』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。