第一章

週末になると父は必ずといっていいほど「車屋に行く」と出て行ったきり夜まで帰ってこない。私は友人と中高生向けの大きなショッピングビルに出掛け、洋服を買ったり、映画館へ行ったりと青春を謳歌していた。だから父の不在を気に留める事もなかったのだ。

ある日、仕事で他県へ行っていた母が帰ってくる夜、父は私と兄を連れて空港まで迎えに行った。車の中では、カセットテープに録音されたSMAPの「ライオンハート」が流れていたので、窓から夜の街を眺めながら歌詞を口ずさんでいた。両親の姿を重ねて聴いていた私の心は、とても愛情に満ち溢れ温かかった。

空港へ到着して間もなくすると、向こうの方からそれらしき人がこちらへ向かって歩いてくる。プライバシーガラス越しに覗かせた母は、少しやつれたようだ。家族をみるなり微笑みを浮かべてドアを開けた。たった三日とはいえ、それまで一日も家をあけることがなかった母の姿を見ると、何故かほっとした気持ちになった。

家に到着する頃には瞼も重く、起きているのが限界だった私は帰宅してすぐに寝室へ向かった。布団に入ると壁際に貼り付けてあるお気に入りの動物カレンダーが目に入る。あと二週間で十四歳の誕生日だ。その夜、久しぶりに心穏やかに眠りにつくことができた。

目を覚ますと、遮光カーテンで薄暗い部屋の中、瞼をこすりながらゆっくりと起き上がって廊下を通り、階段を下りてリビングへ向かう。窓から差し込む太陽の光と蛍光灯の明かりで、視界に広がる色が一気に白くなり、寝ぼけた頭は一瞬にして冴えた。

正午をまわっていた。今日は土曜日だというのに珍しく父がリビングでひとり佇んでいた。その光景に少し違和感を感じたまま、おはようと声を出そうとしたとき、先に父が口を開く。

「パパたち離婚することになったから」

一瞬、なにを言われたのか訳が分からず、その言葉は頭の中をぐるぐる回りながら行き場を失っていた。まだ片手はリビングの扉の取手を掴んだままだった。

「離婚」という言葉だけが頭に残り、理解できずにいながらも

「分かった」

と一言だけ残して二階の自分の部屋へ戻る。