モザイクは微細さへの執念

旅が始まった。やや蒸し暑いなかをバスがスタートした。海岸道路に三つの真新しい倉庫があり、真ん中の建物は「リコー」と読める。だがここには日本人はいないのだ。シチリア全島で居住する日本人は、寂しいことに空港の迎えの女性ただ一人だという。遥けくも来たものだと思うと同時に、これからの日本人の居住が予測されるのはいいことだ。

まずノルマン宮殿へ行った。旧市街の西端にある。増改築されたアラブ・ノルマン様式で、シュタウフェン家時代に隆盛を極めた。のちにスペインのアラゴン家により手厚く改装された。一見アラブ様式は判るが、ノルマン様式というのはさっぱり判らない。シチリアの歴史そのままにツギハギ建築である。

その代わり内部は素晴らしい。パラチーナ礼拝堂があり、内陣の天蓋にモザイクの「全知全能のキリスト」があり、圧倒される。内装は大理石のアーチにモザイク画が描かれているが、これがシチリア宗教建築のパターンである。ビザンチン、イスラム文化で洗練しつくしたモザイクは、微細さへの執念とでもいうか。

次いでパレルモの南西八キロ郊外にあるモンレアーレへ向かう。ここは私の友人・川井氏に特に推奨されたモザイク芸術の精華である。バスを降りて暫くサボテン畑の坂道を辛抱しながら登って行くと、ドゥオーモ前の広場に着いた。ドゥオーモでは今結婚式の最中というので先に回廊つき庭へ入りアッと息を飲んだ。

今は平和な島

ある意味では多神教的な地域?

夢か、幻か。この回廊はいつか見たことがあるような気がする。これこそゲーテが「イタリア紀行」で絶賛し、欧州映画にもロケ地に使われた回廊である。修道僧が自力で建てたことでも有名である。二百二十八本のアラブ風の円柱が組まれ、その上部にはそれぞれ異なった模様とモザイクがはめ込まれていて、聖書の世界が連なっている。斜光に照らされ、キリコの絵も思わせる静寂と神秘。グラナダのアルハンブラと似た雰囲気だ。

鐘がなり結婚式が終わり、ドゥオーモへ入った。広大な空間に聖母、天使、十二使徒そして中央に巨大なキリスト像など全て精巧なモザイクである。一二世紀の作で、ベニスのサンマルコ寺院より二〇〇〇平方メートルも大きく、六四三〇平方メートルでイタリア最大だという。また施工期間の速さも最高だった。

[写真1]モンレアーレ大聖堂内のキリストのモザイク像
※本記事は、2021年7月刊行の書籍『21世紀の驚くべき海外旅行II』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。