休日に、わざわざ東京まで出てきたのだからと和枝と廉は次の目的地に向かう。日本橋の百貨店で「ピアノ三大名器フェア」と銘打ってスタインウェイ、ベーゼンドルファー、ベヒシュタインが一堂に揃う企画展をやっていたのだ。

和枝はドイツ製のベヒシュタインから試弾を始めたのだが、「ほかのピアノの音と人の声が渦巻いていて自分の音に集中できない」と、早々と弾く手を止めてしまった。廉は居並ぶピアノ群の間を一人で歩いていた。

このうちの一台を自宅二階の和枝のレッスン室に入れたらどうなるだろう。今ある一台とどういう配置で並べようか。そうだ椅子もコンサート会場のような背もたれのないタイプを買ってあげないとなあ、と練習環境の充実をいろいろ思い描いた。

目の前にあるベーゼンドルファーはやはり重厚かつ格調高い美術工芸品だ。そして久しぶりに見たスタインウェイはシンプルでスマートだった。いつの時代にも適応していける生命力、言いしれぬ迫力をそのたたずまいから感じていた。

※本記事は、2021年9月刊行の書籍『遥かな幻想曲』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。