再び視覚化の時間、実際の見え方とのちがい

ではもう一度、見えるまでにはある一定の時間がかかっているということを詳しく説明してみようと思いますが、さきほどの視野のところでもふれましたが、中心視野と周辺視野とを比較した場合、中心視野では対象を詳細(または明瞭)にとらえる必要があり、周辺視野ではこの必要はないので、理論的には周辺視野よりも中心視野のほうが視覚化には時間がかかるのではないかと考えるのが妥当かと思います。ですので、見えるまでに一定の時間がかかるという表現は、基本的には中心視野において使われるものと考えてよいかと思います。

次に、中心視野において見えるまでにある一定の時間がかかる理由を詳しく説明してみますと、少なくともまず視覚情報が網膜から入って、それが一次視覚野V1に到達するよりも前の時点ではまだ見えていないはずだという考え方は妥当のように思います。

ここで視覚誘発電位の測定から、網膜から刺激が入って最初に視覚皮質V1に情報が到達するまでの時間で、最も速いのが30~40ミリ秒ということで、さきほどのお話のように周辺視野ではこのくらいの時間で見えていると考えてもよさそうに思いますが、中心視野においても同じようにこのくらいの時間ではっきり見えると考えることは、理論的に無理があるように思います。

なぜなら対象を詳細にとらえるには、少なくとも初期視覚野から高次視覚野に情報が送られる必要があると考えられ、初期視覚野に刺激が到達したはじめの時点ですぐに詳細に見えるとは考えにくいからです(周辺視野は、どんなに時間をかけてじっくり見ても、注意の移動ができるだけで、基本的にはいつまでも最初に見えた映像と同じように見えていて、詳細化〔明瞭化〕はしません。このことからも周辺視野のほうがはやく見えていると考えることは妥当と思われます)。

高次の視覚野に情報が届くには100ミリ秒以上かかり、V1~V3付近で145ミリ秒くらいと考えられるので、中心視野の詳細な視覚化には、そのくらいの時間がかかりそうなのですが、実際には見えるまでにそれほど時間がかかっているようには思えませんので、中心視野ではいつの時点から見えているのかということが、さらに疑問となるわけです。

ちなみに、もし中心視野で見えるまでに100ミリ秒以上かかるとして、その間何も見えていないと仮定した場合、さきほどの時間分解能からしても、そのことは認識できてしまう、つまり一瞬見え方が(軽く)とぎれてしまい、視覚が一瞬不連続と認識されてしまうこととなるでしょう。

しかし中心視野においても、主観的には視線を向けた瞬間にはっきり見えていて、いつも視覚は連続的でリアルタイムに見えているわけで、一瞬でも不連続に感じることはありません。これはどうしてなのかということが次の問題となるわけです。

まとめますと、視線を向けてから視覚刺激が最初に大脳の視覚野に到達するまでは見えていないはずで、さらに視覚野に到達したのち、初期視覚野から高次視覚野に進まないと詳細(明瞭)には見えないはずなのに、これらの過程は認識されず、視線を向けた瞬間にリアルタイムにはっきりと(明瞭に)見えるように感じるということです。このように、理屈から考えられる状況と、実際の知覚との間に、くいちがいがあるということとなるわけです。

※本記事は、2021年8月刊行の書籍『「意識」と「認識」の過程』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。