福寿草

おハルさんには孫もひ孫もたくさんいる。元気な子もいれば、障がいを持って生まれたかわいそうな子もいたが『生きているだけで丸もうけなのだわ』と決してそのことを悲観したりしなかった。八十歳になるおハルさんはいっぱい苦労してきたから、いつまでも同じ苦労は続かない、きっと明るい希望が見えてくる日が来ると、達観できていた。

おハルさんは昔から手先が器用で、何でも自分でこしらえてしまう。ちょっとした布生地があればドレスやブラウスなど、とてもセンス良く作った。でも農家の嫁になり、農作業でとてもそんな暇はない。若いうちは好きな裁縫もほとんどできずに過ごした。

それでも、それに愚痴も言わず、畑仕事が終わると、山野に咲く野草や草花を摘み、小枝を折り、持ち帰って押花にした。おハルさんが押花を丁寧に画用紙に並べていくと、平凡な押花が一枚の絵になり、自然がよみがえり、風がさわさわと吹き、小鳥の声さえ聞こえてきそうな作品になった。おハルさんは自然が好きだった。春には山菜、秋には山ブドウを採り、塩漬けやワインを手作りした。

そんな忙しいおハルさんも最近では息子の世代になり、おハルさんの畑仕事も減り、合間にパッチワークも楽しめるようになった。手提げや、座布団カバーなど配色良くお洒落に作って、知り合いにプレゼントして喜ばれていた。古い着物地を組み合わせ、畑仕事が終わると、パッチワークを作るのがとても楽しみになっていた。

春遅い北海道、三月も過ぎようとしているのに山に雪は残っていたが、南側の樹の根元の雪は消え、土がほっこり顔をのぞかせ、福寿草が芽を出す。ネコヤナギもかわいい花を咲かす。おハルさんはこの季節が大好きで、ポンコツの愛車を運転して山に入ってみる。

ネコヤナギは咲いていたが、福寿草は幼い芽を出したばかりだ。もう少し待ってから採りに来ようかと思案していた。すると福寿草が芽を出した樹の根元近くにスキーが転がっている。なんでこんなところに、誰が捨てたのだろうと引っ張ってみると、なんと人が気を失って倒れていた。おハルさんはびっくりぎょうてん、なにがなんだかわからないけれど、雪をかきわけ掘り起こし、大きな声で叫んでみた。

※本記事は、2021年9月刊行の書籍『癒しの老話』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。