ウンブリアの良寛

ローマからバスで北へ二時間半。豊かな自然に目を洗われるウンブリア平原を走っていくと、前方の丘陵の中腹に中世風の街アッシジが現れ、その左端の崖に何層かの石造りを積んだ壮麗な建物が目に入る。これがカトリックの有力な一派であるフランチェスコ派の本山、聖フランチェスコ修道院である。バスは趣のある石畳の道をうねって登り、修道院に着いた。

ここのガイドは山下という若い日本人修道僧で、今日は代役だそうである。ここは二層になっている教会で、下の層はやや暗く荘厳で、ライトで照らしながらの説明だが、ルネッサンス絵画史の祖といわれるチマブエの聖画が古びた中に浮かび出る。二階は明るくて広く、ここに聖フランチェスコの生涯を描いた二十八面のフレスコ画が並んでいる。これはチマブエの弟子の巨匠ジョットーの逸品で、制作当時どんなに華麗であったかと思わせる大きな絵である。

山下神父は語った。「フランチェスコはアッシジの豪商に生まれ、若き日は好き勝手に生きたが、改心して全財産を投じて教会を建て、清らかな僧として一生を送った」。「彼の遺志を継いだ人々はフランチェスコ派を作り、自然を愛し、人の性格も自然のままに、ということで、この派の修道僧は他の派と違って結婚も自由である」。

「彼は言った。人は(天国へも地獄へも行かず)宇宙の微塵に転生するかもしれぬ」。「最も心を打つ絵画は、『小鳥説教図』であり(聖書の創世記とはニュアンスが違うが)全ての生き物の生命の平等と尊厳を歌いあげた作品である」。「彼は第二のキリストとさえ呼ばれ、東洋の共生の思想に近く、また現代の環境問題の始祖として近年非常に高く評価されるようになった」。

事実、最近のイタリア旅行のパックには、多くアッシジが組み込まれ日本人好みのフランチェスコの現代性をアピールしようと試みられている。私には彼が、その生涯といい、清貧の精神に生きたことといい、なによりも修道女聖キアラとのロマンティックなエピソードから、越後の良寛を思い浮かばせる。

※本記事は、2021年7月刊行の書籍『21世紀の驚くべき海外旅行II』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。