娘のカウンセリングは、当然女性が担当するものだと母親は思っていたようだ。しかし娘の生気のなさを見て、初めのうちは問題の見極めが重要だから私が会いますと母親に言って、一人で母子並行面接を行った。母親は躍起になって娘の面接の様子を知りたがり、また娘に、たくさん食べるように言ってください、お父さんに心配をかけないようにと言ってください、など毎回注文をつけていた。私は、娘が元気になるには母親が変わる必要があると考え、娘は体調を理由に月に1回、母親は週に1回の面接とした。

まもなく母親面接では、子育ての苦労や右に挙げたようなエピソードが語られ、やがて、この子が可愛い、の裏側にある、この人の絶望や寂しさが語られるようになった。

その間娘は万引きもしたし、入院もしたが、カウンセリングは何とか続けることができた。カウンセリングで気持ちを聞いていく中で、

〈人間は、飢えの状態では、自分のことが何が何だかわからなくなる、自分の行動も何をしているのかわからなくなる。お母さんはだんだん変わろうとしているけれど、あなたはあなたとして、自分として生きていきませんか。まず自分の頭がよく働くように、最低限の栄養を取っていけるといいけれど〉

と告げた。娘は、自分一人では自信がないと述べて、自ら再入院して体調を整えることを選択した。

さて母である。

「わたくしは世間をなんにも知らずに嫁いで、主人を親とも思い、すっかり頼りながら生きていました。子どもが生まれないのを申し訳なく思って、一生この人に仕えようと思っていたところに娘が生まれたのです。この娘を一生懸命育てようと思っておりましたが、あまりに可愛くて、ついつい甘やかしてしまいました。気づけば手遅れで、この子は満足に学校に通うことができない子になってしまいました。あとはもう、わけのわからないまま、夫への申し訳なさの中で生きてまいりました」

何度も死にたいと思い、娘を殺して自分もと思い詰めたこともあるが、夫を残して自分が先に死ぬことはできないと思いとどまった。なんとも哀れに聞こえるが、しかし、

〈お嬢さんはこれからどうしたらいいと思いますか〉

「えっ、娘ですか……」

言葉が続かないのである。こちらが絶句したいくらいである。娘のことより夫のこと、自分のことなのだ。

〈お嬢さんは、お母さんに言われるままにとかお父さんに申し訳ないからとかでなく、自分として生きていこうとなさっています。お母さんはどうなさりたいのですか〉

この母親は何も答えず、うつむいたままいつまでもじいっと座っていた。年の差婚や社会経験の乏しさ、年齢がいってからの出産など、この母親が毒親となる要因をいろいろ挙げることはできるが、困難を生み出した一番大きな要因は、この母親の自己の未熟さ、幼稚さではないか。そのような母親が珍しくない時代になっているのかもしれない。

※本記事は、2021年10月刊行の書籍『毒親の彼方に』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。