スーパー銭湯を出る頃には日はすっかり西に傾いていた。

ホールに戻ってみると、残っているのは大半が審査当事者のためか、客席もかなり空きが目立った。

幼年の部から審査結果の発表が始まった。

「第三十五回全国わかばコンクール幼年の部、入選、平林遥さん」

抑揚のないアナウンスがそう告げた。

廉は一瞬事態が飲み込めなかったが、「遥、あのステージの端っこに階段があるでしょ。あそこから上ってステージの真ん中に行きなさい。さあ早く」。和枝が小声で背中を押すと、遥は身軽にぴょんぴょん跳びはね、あっという間にステージの中央にたどり着き、誰も教えていないのに、ちゃんとお辞儀までしていた。

遥の結果は金賞・銀賞の入賞は逃し入選だったのだ。そして、このあと一般・成人の部まで延々続く表彰式の入選者の総代表として表彰状を受け取っていた。

市長から受け取った盾と賞状を押し抱き、たぶん勘違いしたまま真っ赤な顔で席に戻って来た遥。案の定、廉の耳元でささやいた。

「ねえ、遥、優勝したの⁉」

ステージ上は幼年の部入賞者の表彰に移っていた。

「遥、ほら見てごらん。遥と一緒に頑張った子たちだよ。みんなが褒められて、きょうはホントに嬉しいね」

金賞とか銀賞とか、それはもらえるに越したことはない。でも遥くらいの歳の子にとっては、「ほかにも頑張っている子はいて、一生懸命練習したから自分もここに来られたんだ」と気付くことの方が大切なんじゃないだろうか。廉はそんなことを思っていた。

「弾く」と「聴く」

出物を見に行くことを、二人は「ピアノ探しの旅」と名付け、プレーヤー和枝、リスナー廉が必ずセットで出かけることにした。

音色と響き具合を客観的に聴いてくれる「外の耳」を和枝が必要としたためだ。

新高島ピアノサロンのスタインウェイとの出会いから一カ月後、横浜市内の国産メーカーのショールームへ出向いた。

家のピアノと同型のものが一台、「買うならこのサイズを」と考えている少し大型のものが二台、モミの木のツリーを取り巻くように置かれていた。

クリスマスフェアのイベントとして、店内ではその大型のピアノを使ったミニコンサートが開かれた。

画家ワシリー・カンディンスキーの孫のミハイル・カンディンスキー氏が展示ピアノの間から飄々と姿を現し、ラフマニノフの前奏曲を弾いた。

天井の高さも広さ的にも制限のある店内は、家の演奏環境と重ね合わせることができ、音の通り方、聞こえ方を知る上でとても参考になった。

早速和枝が三台の試弾に臨んだが、唯一可能性を感じられるピアノは家のものと同じ小型のグランドだった。

二人は失望こそしなかったが、「妥協だけは絶対やめよう、これぞというピアノが現れるまでは」と長期戦になることを覚悟した。

※本記事は、2021年9月刊行の書籍『遥かな幻想曲』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。