第二章 希望

達也と結花は、講堂の前で順番待ちの列に並んだ。切妻屋根。そして五連の尖頭アーチによるアーケード風正面玄関は荘厳な佇まいを見せている。

一体何人来ているのだろう。人数の多さに驚いたが、達也にはそれ以上に気がかりなことがある。

「ねえ、さっきからずっとキョロキョロしているけど、誰か探してるの?」
「え? あ、いや、別に」
「うそ、ずっとそわそわしてるし」

訝(いぶか)る結花に、なぜか達也はむきになってしまう。

「本当になんでもないってば」

結花は口をとがらせている。まだ疑っているようだ。

「ごめん、ちょっとトイレ。もし順番きたら席取っておいて」
「んもう。早く行ってきなさいよ」

再び頬を膨らます結花を背に、混雑していそうな講堂側は避け、達也は校舎側のトイレへ向かった。用を足し終え校舎をでようとしたその時、達也は女子生徒とぶつかってしまった。

包みこむようなシャンプーの香りが鼻腔(びこう)をくすぐる。あわてて達也が顔を上げると、そこに彼女が立っていた。

彼女は、ぶつかった拍子に達也が落としたハンカチに気づくと、ゆっくりと拾いあげ、ていねいにたたんで手渡した。受け取る右手に彼女の指が触れると、達也は体がほてるのを感じた。

「あ、ありがとうございます。それからすみませんでした。ぶつかってしまって」

彼女は首をゆっくりと横に振る。やわらかそうな彼女の唇が開きかけるのを見て、達也の胸は高鳴った。達也を見つめる彼女が、初めてその声を発した。

「受験生の子かしら?」
「はい。安曇野市立穂高第二中学校三年の斉藤達也です」
「そう……説明会に来たのね」

冷静な物言いの彼女。ぶつかったことに怒ってはいないようだ。しかし、感情を読み取ることができない。抑えられない胸の鼓動が邪魔をして、言葉を探す舌が口の中で丸まったり伸びたりしてしまう。

彼女は首をかしげて達也を見つめている。そんな彼女に、達也は思いきって尋ねてみた。

「あ、あの、すみません。講堂ってどちらでしたっけ? 場所がよくわからなくて、その、えっと、あの、なんていうか」
「私はミヨ。神崎(かんざき)ミヨ。この高校の二年生。講堂まで案内するわ」

緊張のあまり、達也の喉(のど)の奥はカラカラだ。何か話したいが、言葉が見つからない。手と足が同時にでないよう意識して歩くのが精一杯だった。

いつの間にか、ミヨは何やらL字に加工された針金を両手に持っていた。反応を示した方へ歩くミヨのあとについて、達也も歩きだした。

「なんですか? それ」
「ダウジングロッドよ。科学部に入っているの。この学校の先輩たちが卒業する時に埋めた思い出のタイムカプセルを探すのを、私たち部員はこれを使ってお手伝いするの。講堂はこのロッドの指し示す先にあるわ」

ミヨは揺れ動くロッドの先を一点に見つめたままだ。人とぶつからないように前方を確認しながらも、達也もまたミヨとミヨの持つ二つのロッドの反応が気になってしまう。だが不思議と来校者の視線を感じない。

※本記事は、2012年5月刊行の書籍『アザユキ』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。