第1章 異変

やがて数本の古い倒木が行く手を遮っている場所が現れ、その倒木の枝に引っ掛かるように、カラフルな模様の入った棒状の物が1本あるのを見つけた。それはかつて初詣の帰り道に邪魔になったストックを、親に隠れて枝に掛けてきた物で、懐かしい思いがする。何の因果かこんな時に見つけるとは……。

ともあれ今はそんな思いに浸ってもいられない、荒れ道が目前に続いているのだ。かといってこの難所をどう乗り越えるべきか悩む必要はなかった、かってに体が動いていくからだ。案の定、ストックを拾い上げ、こんな難路を巧みに難なく通り抜けていく。しかもその前をレオが明日美を誘導するかのように歩いていくのだ。そんなレオの姿が可愛くて、こんな状況の中でもちょっぴりだが楽しいと感じた。

進む先の地面に目をやると、落ち葉の下に隠れて緑色にコケむした木々の根が、階段状に張り出しているのがわかる。その根と根に絡み合うように、板状の四角い石材が平らな面をのぞかせている様子から、天海家の先祖代々が造ってきた階段だと推察される。今は無常にも廃墟になってはいたが、その姿が時の流れを感じさせるのだった。

そこを過ぎると傾斜がやっと緩くなりもうすぐ頂上に着くはず。ここを躊躇なく一息で駆け登ると、やっと見慣れた祠が目に飛び込んできた。乱れた呼吸を整えながら周りを見渡してみると、その場所は直径100メートルほどの円形をしていて、外周りを高い樹木が囲い、内側は枯れたすすき混じりの背の低い雑草に覆われている。さながら冬の草原といった感じであり、枯れ草が風になびいているだけで、祠以外には何も見当たらない。ここが目的の場所ということなのだろうか。ここまで来ると、心の拘束力が息切れしたかのように格段に落ちたように感じ、加えて体が自由を取り戻しつつあることに気づく。

祠のあるところは一段高くなっている。怖いとの思いはないにしろ、これまでの経緯を考えると、何が起こっても不思議ではない。まだ完全とはいえない体を動かし、警戒怠りなく細心の注意を払い、一歩一歩ゆっくりと祠に歩み寄るが、景観に何の変化も起きることはなかった。さらに近づいてその前に立ってみると、なんと異変が起きたのは明日美のほうだった。

徐々に体と心が一体となり、すがすがしく気持ちがよいと感じ、めまいがするほどの爽快感に包まれて、完全にコントロールから解放されたことを実感したのだ。その高揚感が未知なる相手の存在を一時的に小さく感じさせたのか強気になり、そして言う。

「教えてちょうだい、ここに何があるっていうの。初詣も大学の合格祈願も他所に行ったのを怒っているの。そうだとしたらずいぶんと心の狭い人ね。いったいあなたは誰なの、神様なの、それとも静御前なの?」