シトロンの香りする南国

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前著で、イギリスを訪れた時のことを述べたが、西ヨーロッパを支配した中世のカトリック圏は今日のEC圏にほぼ符合する。従って、今問題になっているEC統合は、古い伝統に回帰し旧カトリック圏の復活を意味する。更に遡れば旧カトリック圏のテリトリーは、ローマ帝国の最大範囲とピッタリ重ねあわせられる。

すなわち今日、日米に対抗するため第三勢力としてECが登場することになったが、むりにでもコジつけてみると、世界の経済圏は日本とアメリカと旧ローマ帝国(西ヨーロッパ)の三つに分割されるという構図になる。

このことを頭においてイタリアを考えてみると、ここはかつてのローマ帝国の本拠であるし、カトリックの総本山であり、すなわち欧州文化の神髄に触れた発祥の地でなければならない。だが、この地は今や繁栄をアルプスの北の国々に奪われ、辺境の地に陥っている感がある。

第一日本からは交通が大変に不便だ。名古屋から欧州直行便はロンドン、パリ、フランクフルトには通じているが、ローマへは行かない。成田からでさえ、アリタリア航空が主体で、日航、全日空は少なく便数も少なく、所要時間は長い。

因みにロンドンへは十二時間二十分、片道週四十二便。パリへは同じく十二時間二十分、週三十二便。それに比してローマへは十四時間三十五分もかかり、週十二便しか運航していない。まさにイタリアは欧州の奥の院というべき位置にある。

一九九二年はイタリア・ジェノバ生まれのコロンブスがアメリカに到達してから五百年になる。それも記念してこの夏はイタリア旅行をすることにした。行程はローマ、アッシジ、フィレンツェ、ベニス、ミラノ等北部地方である。美しいジェノバがないのは残念だが、かつて車窓から充分見たことがあるのであきらめはつく。

シベリア経由のアリタリア機は草原の道、かつてジンギスカンが疾駆した長い長い道程を翔け通した。アルプスを越えた時、窓から見おろした峻険はすさまじい光景で、世界に名だたる山脈だと改めて感服した。

やがて打って変わって穏やかなシトロンの香りする南国イタリアの平野が眼前にのびやかに広がった。ローマに着いたら、もう夕暮れだった。八年ぶりの永遠の都である。空港前には高速鉄道のガラスドームのしゃれた高架駅が建造中で、この国も少しずつ新しくなっていると感ずる。しかし、城壁の中に入るとそこは昔ながらのローマであった。