第2章 解釈

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「ケント君。わかってるよな。私が言ってること。ユトリ世代だから物分かりはいいはずなんだよな」

「……どういう意味の話ですか?」と言うのが精一杯だった。

「私も、もう49歳だよ。バブル世代で役立たず、と言いたそうな顔してるけど、私にだって家族があるんだよ。このままだと60歳で定年だよ。けど、ほら役職定年ってあるだろ。君はまだ若いから知らんかもだが、部長になると定年延長で65歳まで働けるんだよ。この5年がおっきいんだな。年金支給が65歳から。60から65までどうすんだってことだよ。まあ今のまま大きな問題もなくいけば部長の道は見えてくる。大きな問題が起きないことが大事なんだよ。言いたいことわかるよな」

江田はそう言いながら、体を押しつけてきた。ケントは廊下の端に押し込まれた。

「ケント君。人生は君が思ってるほど長くないんだよ。今の君には“頑張れば素晴らしい未来が開けてる”。なんて夢物語を見てるだろうけど、現実はそんなに甘くないんだよ。然るべき人間が然るべき地位についている。ここには家系も関係するよ。やっぱり最後は金だから。

親より上のおじい、おばあが金を持ってるとその孫はハッピーよ。親じゃないんだよね。うちの親は普通だから。ということは俺の子供も普通なんだよ。いくら俺が頑張って努力して財を築いたって、それは俺の孫に影響するだけなんだよな。だからケント君も頑張れば自分の人生切り開けると思ってるようだが、まあ無理だよ。この会社に入った時点で、人生はある程度決まってる、残念ながら。だから長いものに巻かれつつ人生を浮遊するのが幸せだと思うよ」

江田はニヤついた顔でケントの肩に手を回してきた。

「実存主義を知ってるかね。知るはずないか、ユトリ世代じゃ。大学に教養部ってなかっただろ。だから人間が薄っぺらいんだよ。いいか。ルールや基準はすごく大事だ。でも教養の無い奴はルールや基準は不要だと主張して、自由こそ全てって言うんだよ。

でも考えてみろ。全てが自由になったら困るぞ。何をしていいかわからなくなるぞ。電車の自由席を考えてみろ。やっぱり窓側の席がいいと思うよな。でも電車が到着する前には、すでにホームで何人かが並んでる」

と言って両手を前に振り、列を作った。

「どう思う。ドキドキするだろ。前の人の数を数えて。窓側の席をカウントして、人の方が多かったらドキドキするだろ。女性だって女性専用車両があると良かったと思うはずだよな。その車両に乗れば痴漢にあう危険性がないから安心だよな。ルールや基準が決まってるって楽だ。そうだろ。そう思うから東大目指すんだろ。親も子も。東大卒業すれば、その子の人生どうなるか想像つくもんな。これがルールや基準が存在する価値なんだよ」

と言ってさらに一歩、近づいてきた。

「自由が大事だって叫んでる連中は、ある一定の基準やルールの中での精度のことを問題にしてるだけで、ルールや基準をなくしたいとは思ってないんだろうけど。そこまでバカじゃないよな? まあ、こういった貴重な話はネットにはのってないからな。最近の若いもんはネットで情報探すだろ。それで充分と思ってるよな。違うんだよな。情報より経験。これにつきる」

肩をポンッと叩いて江田は行ってしまった。ケントは知る由もなかった。この時、すでにスッポンに吸い付かれていたことを。

※本記事は、2019年12月刊行の書籍『きみのハラール、ぼくのハラール』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。