重太郎が江戸に行ってからも、美弥は相変わらず満のところに顔を出した。満は、時には美弥を相手に、子供が小川で捕まえた小鮒を売りに来たのを買って、そのさばき方を教え、一緒につけ焼きにしたり甘露煮をつくったりして、美弥に持たせた。

また、重太郎からの便りがあると、それを嬉しそうに教えた。美弥は重太郎からの便りを話す満が忘れられない。その満が亡くなったのである。

打ちひしがれている重郎左衛門にかける言葉もないが、母親の花与から御総菜のお裾わけを頼まれると、勝手知ったる台所で、お茶の用意をし、重郎左衛門のいる居間に運んだりしている。

美弥には重郎左衛門が重太郎に母親の死を知らせてないように思えて、それが不思議でならなかった。

重太郎の消息を知りたいのに、満が亡くなってからは、何もわからなかった。重郎左衛門にそんな話を聞ける訳もなく、期待を寄せながらお茶を運ぶのだが、時候の挨拶をして空しく帰るのである。

重郎左衛門は満の死を重太郎に知らせようとしたが、その頃、重太郎は長崎でオランダの帆船に乗り、日本海の海の上にいたから、所在がつかめなかったのも無理はなく、連絡のつけようがなかったのだ。

※本記事は、2021年8月刊行の書籍『祥月命日』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。