次の日曜日にもう一度訪ねて行くと大勢の人で賑わっていて、どこで何を聞いていいのかもわからない。恐る恐る受付に行き紹介者もなく初めて来た旨伝えると、年配の男性が呼び出され、案内と説明をしてくれることになった。

信者になると等しく千座業ということをするらしい。管長が清めた護宝塔を前に、千日間切らさず読経し千日を一区切りとするらしい。ひと月に一回新しい人の受け入れがあり先週行われたとのこと。

所属は京都で日々の参拝、ご奉仕は住まいの関係で大阪本部となった。大阪の繁華街、梅田のすぐ近くで太融寺にも近かった。建物の間口はそれほどでもなかったが一階から四階まであって初めて顔出ししたにもかかわらず、参拝の仕方、道場の構成、ご奉仕の種類と内容、すみからすみまで案内説明してくれた。道場参拝した人は何らかのご奉仕ができるようになっていた。

当日集まった人は三階の拡大された地図の前で十人前後の班を七、八班構成して、地図で示された場所に散って行く。箒を持つ人、塵取りを持つ人、芥袋を持つ人、道場を出るときなにかしら手にして出てくる。

大阪の街は綺麗だと思う。木の葉ときどき吸殻ぐらいしかない。箒で掃き集めると結構集まるものである。毎回班の顔ぶれが変わりいろんな人と会話ができるのも楽しい。

飲食街、飲み屋街に当たったときは少し様子が変わってくる。路地に入ると吐しゃ物が目につくときがある。誰かが、「吐くまで飲むなよー」と言うと、「飲む者しかわからん」と返す、「あんたはいける口やな」と声が上がるとみんなで笑い声が起こる。概ね三十分ほどで綺麗に掃除して各班道場に帰ってくる。

※本記事は、2021年8月刊行の書籍『市井の片隅で』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。