もちろん与作爺さんにはかわいい河童がしっかり見えた。すると、河童は人間の心の隙間に住み、もう長いこと生き続けていて、人間のような寿命はない、河童は人間のささやかな願い事を叶えてあげるために生きているんだと説明し、与作爺さんにもささやかな願いごとを叶えてあげると言った。

「死んだ母ちゃんにもう一度会ってみたいものだ」

与作爺さんが頼むと、河童はおなかをなぜ、お尻を持ち上げて、プーツと屁をした。と尻からシャボン玉のような軽やかなきらきらした玉が出てきて、河童の掌に乗った。何か玉に映っていた。

玉に映っていたのは、子どものころの与作爺さんで、母ちゃんを迎えに土手を一生懸命走っていたが、けつまずいて顔から転んでしまった。わあわあ泣き続ける与作爺さんに駆け寄った母ちゃんは、手拭いで与作爺さんの顔を拭いてやり、目に入った泥を母ちゃんの舌でペロペロと舐め、もう大丈夫というように頭をなぜた。母ちゃんの優しさを思い出した与作爺さんは、涙をためて喜んだ。

「天国はどんなところじゃろか、見ておきたいものだ」

と与作爺さんはもう一つだけお願いしてみた。玉に映ったのは、まっ白い雲ばかり、与作爺さんはがっかりした。とそよ風が吹いてきて、雲が切れ始めた。するとそこは色とりどりの花が咲く楽園のようなところが映っていた。河童は優しい目を与作爺さんに向けなぐさめた。

「これは心の中にしか存在しない幻だよ。天国も思う人によって変わるんだ。楽しいところだと思える人は、きっときれいな天国へ行けるよ」

「やれやれずいぶん暗くなった。帰らないと息子の嫁がうるさいでな」

と与作爺さんは腰を上げた。

「道が暗くなってきたので、灯をあげる」

河童がお腹をなぜるとピロピロと変な音のする屁をした。と河童のお尻からたくさんの蛍がふあふあと飛び出してきて、与作爺さんの足元を照らしてくれた。与作爺さんの周りはたくさんの蛍の光でぼんやり明るくなった。河童に別れを告げ

「ピンピンコロリピンコロリ」

と独り言を言いながら与作爺さんは歩き始めた。すると遠くから自転車に乗った女の人が、怒鳴りながら懸命に走ってくる。

「おじいちゃーん。遅いんで心配したじゃないの」

お嫁さんが捜しに来たのだ。

「河童がね」

と与作爺さんが一言いうと、

「また呆けてるの。しっかりしてよ。さあ帰りましょう」

とお嫁さんは何も聞かずに、一緒に帰ったとさ。おしまい。