KANAU―叶う―

「泳がないの?」

望風が尋ねると、

「バンド名決めなきゃだなー」

「ん? あーまんまだったもんねー」

バンド活動と言っても、たまに「NOW AND THEN」でライブのようなものをさせてもらうくらいで、路上で演奏するわけでもなく、曲の演奏を四人で楽しむようなことしかしていなかった。

各自、練習したいときは、「NOW AND THEN」を自由に使わせてもらえた。「NOW AND THEN」のオーナーが武士の父親なので、お店への出入りも自由にさせてもらえた。ライブのときのバンド名は、店の名前そのまま「NOW AND THEN」として演奏していた。武士が、

「望風はどんなのがいい?」

「んー、そだなー」

と望風。

「武士は?」

「んー、そだなー」

と武士。

「考えといてくれってさ」

「ん? 誰が?」

「この人」

武士は、そう言いながら、白いトートバッグの中の財布から名刺を一枚取り出して、右手の人差し指と中指でそのカードをはさんだ。望風の目の前で、夕日にかざした。望風の鼓動が急に速くなる。全身がゾクゾクした。望風は、両手で口と鼻を覆った。息をのんだ。そのまま驚いた顔で武士の顔を見ると、武士が望風の反応を見て、優しく笑った。

「もーかーー」

砂浜から望風を呼ぶ声が聞こえる。望風は、両手で顔全体を覆い直した。優理と大地の方を指先を広げてそっとみると、二人とも細めの流木を片手に持って、もう片方の手で望風に手招きをしている。望風は、ゆっくり立ち上がった。望風の目にうつるのは、砂浜に書かれた文字。

「デビュー決定!」二人は、全身濡れたまま肩を組んで、望風の方を見ている。いつものように無邪気に笑って。望風は、嬉しくて嬉しくて背の高い武士に飛び掛かるように両手を挙げて抱きついた。

「やったーー! やばいやばい。すごいすごい」

信じられなかった。望んでいたことではあっても、現実となると信じがたかった。

「ほんと? ほんとにほんと?」

武士が

「うん。うそじゃないよ」

と諭すように囁く。震える望風の肩を武士はつかんで、大地と優理の方へ向かせた。望風は、並んで立つ大地と優理のところに走っていって、三人で抱き合ってはしゃいだ。望風は、この目に映る景色を一生覚えておこうと思った。大地と優理の笑顔や、武士の落ち着いた眼差しも全部。大切に大切にしていきたいと思った。

武士、大地、優理、望風。奏多の夕暮れに高校生の四人がいる。その時はまだ、無力で儚いだけだった。それだけだとしても、歩き出してみたかった。四人で。あふれだした望風の涙は、いつか果実となるだろうか。

後日、四人は、正式にグループ名をNOW AND THENに決定した。武士の父親は、嬉しそうに反対したらしい。