とあるショップで少女の小さな挿絵がある白い絵葉書を一枚買う。彼へメッセージを残したかったからだ。せめてお別れを、そして自分の心にも別れを告げたかった。葉書は、彼の店の近くのたった一席しかない狭いイートインカフェで書いた。

「今日私は日本に帰る。あなたに会えずにこのまま帰るのはとても悲しい。

だからもう、パリへは来ない。ありがとう」

そんな文面だったかと記憶している。もうパリへは来ない、は書こうかどうか迷ったけれど、連絡をくれないことへの落胆が書かせたのだろう。パリと東京はあまりにも遠すぎて、私は自分の気持ちにも決別をしなければ、と自分に言い聞かせた。

葉書をレストランの裏口のドアにはさむと、私はレストランをあとにしてドフィーヌ通りを抜け、ビュシ通りを曲がり、サン・ジェルマン大通りの交差点を渡り、レンヌ通りからフール通りに入ってホテルまで帰った。もう、迷わずに歩ける。何回往復しただろう。ちょっと遠いけれど慣れれば何ということはない道のりだった。

午後三時半にホテルへ帰ると、優しそうなラテン系の女性がフロントにいた。私は、「タクシーが来るまでここで待たせてくれないか」と頼むと快く「どうぞ、そこの席にお座りなさい」と黄色い椅子が二つ並べて置いてあるうちの一つを示した。とてもありがたく、その時間は私にとって癒される時間であった。彼女と他愛ないおしゃべりや、ドフィーヌ通りの友人に会えなかったことを語ると、それは残念だったわね、と慰めてくれた。

旅行客のチェックインの対応で忙しそうな彼女を見ながら、このホテルは欧米人が多いことを知る。今回も、パリに来て日本人には一人も会っていない。すると、チェックインした若い女性客がクレームをつけている。入った部屋が気に入らないから替えろというのだ。

黙って聞いていたが、明らかに客のわがままのように思えた。対応を終えたフロントの女性はやれやれといった表情で、私を見る。私はできる限りの英語を駆使して彼女をねぎらうと、私たちは微笑み合うのだった。

※本記事は、2021年7月刊行の書籍『Red Vanilla』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。