ベッドは地上すれすれをゆっくり飛んだ。すると夏なのに雪を抱く高い山が見えてきた。

「ここは地球の裂け目です。人間はここから世界各地に渡っていったといわれています。遺伝子を調べたところ、世界の人類はすべてアフリカの一人の女性の子孫だとわかったそうです。その女性をミトコンドリア・イヴと呼んでいるんですよ」

お浜ばあちゃんはうなずきながら感心して聞いていた。博物館の中にベッドはすーっと入って行った。

「人類最古の足跡が発見され、大きな足跡のわきに小さな足跡が並んでいるでしょう」

青年が指さすとお浜ばあちゃんは足跡のレプリカをしみじみ眺めて言った。

「親子だね、なんと微笑ましい。仲良く歩く姿が目に浮かんでくるようだね」

ベッドは暗闇の中を飛んでいた。寒くなってきたので、青年は布団をぐるぐるとお浜ばあちゃんに巻きつけた。

「空を見上げてください。オーロラです」

緑のカーテンが空いっぱいに広がり天女の舞を繰り広げている。かすかに音楽も聞こえてきたような気がした。

「妖精たちが歌っているのです。オーロラは太陽の陽炎です。太陽が元気ならオーロラもたくさん出るのです」

お浜ばあちゃんは凍える手を合わせオーロラを拝んだ。

「おてんとうさまは偉いねえ。こんな美しいものもお創りになる」

ベッドは砂漠の上を飛んでいた。

「ここが、旅の最後です」

青年は砂山以外何も見えない砂漠の向こうにあるオアシスを指さし、終わりを伝えた。

「砂漠には余分なものは一切ありません。太陽と砂、ここに水があればオアシスです。小鳥や動物も住んでいます。砂漠に井戸を掘り森を作ろうと木を植える人たちもいるんですよ。緑の長城を築きたいと願っているのです」

ベッドはオアシスに降りてきた。

「オアシスの水を飲んでみようかね」

そう言うとお浜ばあちゃんはおいしそうにコップ一杯の水を一気に飲み干し、そして優しく微笑んだ。

「思い残すことはなくなった。さあ、私を天国に案内しておくれ」

※本記事は、2021年9月刊行の書籍『癒しの老話』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。