明日美は禅宗に興味があったことで、人間の心理にも関心があった。故に今の心理状態を自己分析すると、心の中で様々な思いが交差していることがわかる。大別するにあたり、三つの意思が存在しているように考えられる。その第一が自我を持つ本当の自分、第二に自我を破ろうとする侵入者、そして第三に侵入者に加担するもう一人の自分がいる。この三人の力関係の釣り合いで行動が決まるらしい。

面倒なのは第三の意思であり、これがややこしい。加担するだけで服従ではない。場合によりけりで変わっていくのだ。つまりは、行きたくないのに行かなくてはいけないという思い、その葛藤の根源がそこにある。だが第三の意思も自分の思いには違いなく、なぜか説明はつかないものの、その意思に運命的なものを感じるのだ。もはや今に至っては成り行きに任せるしかないように思えた。だがある程度の抵抗は必要だろう、気晴らしと抑止力になる。そう割り切って今は先へ進むしかない。

ほどなく下界を見渡せる四畳半ほどの空間が現れた。子どもの足での登山は過酷だったために、休憩を兼ねて家族みんなで弁当を食べたことを思い出し、過剰に疲労感を覚え、条件反射的に声が漏れてしまうのだった。

「ああ疲れた、足がパンパンになっている。お願いだから少し休ませてちょうだい」

その声に反応したのか、愛猫レオが岩陰から顔を出し、明日美を見て鳴くのである。

「レオ君、ついてきちゃったのね。ダメじゃないの、帰りなさい」

それでも、明日美のことが余程心配なのか、普段は聞き分けの良い利口な猫なのだが離れようとはしない。だからといって今さらどうすることもできないと思い、諦めて、

「……仕方がないわね、ついてきなさい」

そう言いながらおもむろに町を見渡せる方角に向かい、父が設置したベンチの上に座禅の如く胡坐を組んでみる。明日美お決まりの精神統一スタイルだ。目を閉じ再び心の侵入者に問いかけてみても、やはり回答はない。

気晴らしに大声で確信犯的に言ってみる。  

「どこへ連れていくつもりなのよー。もういやだ、帰ろーおっと」

すると、何としたことか勝手に体が動き出し歩いていくのだ。今度は体を乗っ取られたと見え、首から下の感覚がない。これまで経験のない出来事の連続に戸惑いながらも、その心と裏腹に体だけはひたすらに坂道を登っていく。強烈な違和感を覚えたがそんな中にも優しさが感じられ、不思議に怖いという思いは全くといってもいいほどなかった。

※本記事は、2021年8月刊行の書籍『魏志倭人外伝』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。